火起こし理論|もしあなたの人生が、一本のマッチだったら、次の一歩はなんだろうか。
参加型のプロジェクトチームを生み出す話し合いのデザイン|③人々 -2[火おこし理論]
「もうやんなっちゃった。聞いてくださいよ。」
そんなこと話をよくされる。はい、聞きます。ハード系のまちづくり会社で働いている20代後半の女性社員の方だったがこう続ける。
「短期的には利益になりづらいけれど、もっと誠実な形でやれる事業を提案しました。ああ、あの人のオーケーさえ出ればなと思って、上司に突っ込んだんです。でも私の力不足で、だめでした。えらくなってから、頑張ったらいいのかな。」
それは本当にあなたの力不足だろうか
目的の方に向かって進んでいくために、誰を働くことを選択したらいいだろうか。
その時に、どのように、精神論ではなく、デザインの問題として冷静に向き合うか。
その意思決定をサポートする原則として、「火おこし理論」というのがあるので紹介する。ありますというか、2017年にバーベキューの時に、火起こし担当した時に思いついたことだ。火起こしは、やってみると頭で思ったよりも難しい。先に結論だけいうと、こう。
あなたの尊い想いを大切に、誰かと共にはたらく時に、誰とはたらくかの選択をする時は、「火おこしの順番」を思い出せ
それでは内容に入る。
もしあなたの人生が、一本のマッチだったら
次に、どこに火をつけるだろうか。考えてみよう。
種火に濡れた木を突っ込んではいけない
絵にするとこうなる。
これは言われるとあたりまえだけれど、私たちが陥りやすいパターンの1つだと思う。種火に濡れた木を突っ込んだら、種火は途絶えてしまう。
炎を広げたいなら、乾いた薪から火にくべよう。
これは、「たとえ話」だ。想像力をはたらかせながら読んで欲しい。
種火とは、これまでにない新しいことを生み出そうとするあなたの想いのこと。そして、濡れた薪というのは、新しいやり方を嫌う、あなたの取り組みに「どうせうまくいかない」と言ってくる人だ。
共にはたらく人を選ぼう
参加型プロジェクトをするにあたって、特にその立ち上がりの時期に、このように質問するといい。
このプロジェクトを進めたい私たちにとって、「種火」や「乾いた薪」は、どのような人だろうか。
ここにいて欲しいけれども、ここにいない人は誰だろうか。
薪は中心に行くほどより乾いているように組んでいく。乾いた方から、徐々に延焼させていこう。
・まずは、「乾いた薪」をさがす。その人に個人的に、あるいは、2、3人小さなグループで、自分の想いについて話してみる。それによって、「たね火」をよりはっきりした形で、言語化していく。
・内側にいる人ほどたくさんの情報を知って、お互いの親密度が高い状態にしておく。すべての情報を、全ての人に公開してはいけない。大切なことほど、割とむずかしい議論を呼びやすいものだし、それゆえ、文章も長くなることが多い。それをいつでも誰でも読めるものにしておくと、結果的に「暇な人」しか読まない。中心は2、3人の輪で、その人たちは、濃厚にコミュニケーションをとっておきたい(量よりも質)。
ネスト構造、自由と責任の輪
このような関係性を、「ネスト構造(入れ子構造)」という。山を上から見た等高線のようなものだ。プロジェクトに「出る/入る」というような白黒ではなく、それぞれが自分なりの「乾き方」で関わることが許容されるような関係性を作ろう。
その「一進・一退」になんの敷居もないと、そのプロジェクトの中に無責任さが蔓延して、崩壊することになる。
この構造は、プロジェクトが進む中で、やる気が湧いた人は一歩中心へと近づけるし、やる気がなくなってしまった人は一歩外へと出ることができるという柔軟性をチームに持たせる。
適切に敷居を設けるために「中心にいるものほど、プロジェクトについての責任を負っており、それゆえに行き先を決める自由がある」という考え方を中心にいるメンバーで共有しておくことが経験的には有効だ。
例えば、プロジェクトが難しい局面に差し掛かった時、失敗に終わった時、イベント当日で怒り出す客がいた時、中心にいる者(特にコアメンバー)は、それに対応する責任を負うことになる。だからこそ、その人はプロジェクト内で、自分の裁量でデザインする自由を持っている。
この考え方が徹底されていないと、「荒らし」が生まる。言いたい時に言いたいことだけ言って(自由を行使して)、いざ現場が始まると一切責任を持たない・持つことができないことがある。すると、本当に責任を負おうとしている人が、徒労感を覚えて、プロジェクトを離れていく。誰も責任を持って推進をしないので、全てが頓挫する。
逆に、この構造がうまくいくと、多様な関わり方を許容できる。いつもコアメンバーではないけれども、たとえば「写真撮影なら任せてよ」という情熱を持つ人が活躍できるようにしたい。「いつでもあなたの貢献を待っているから、ぜひ参加してね」という態度を持って、よりクリエイティブな成果へつなげよう。
具体的なやり方の例|敷居を設けよう
相手が「乾いた薪」かどうかは、外からはわからない。実際の木材のように、湿度や重さで数値化できるものではない。それゆえに、聞いてみる必要がある。相手がどのくらい、あなたの火に対して、共感があるか、行動としてコミットしたいのか。
私の場合は、「問い」の形で敷居を作ることが多い。たとえば、先日江別市でやったイベントは、「敷居が高い問い」を用意した。これを乗り越えてきた人が、その場にいるということは、参加者同士にも一定の信頼感や安定感があるところからはじめることができる。
ずっと私たちらしく暮らすために、今私たちが話したいことはなんだろう?
言葉にならないような思いも受け止め合える人で集まって
未来に向けた話し合いをしていきましょう
「誰でもいいから来て、たのしことしましょー」という呼びかけに比べれば、当然敷居は高いはずだけれども、そちらの方が「安全な場」になる感じは、お分かりいただけるのではないかと思う。敷居は高すぎても誰も来ないし、低すぎてもどっちでもいい場になってしまう。敷居が低いというのは、入りやすくで出やすい場だ。
濡れた薪を諦めるのか?
「たねび理論」の考え方は、全てのに火がつくことを諦めていない。私たちは1人も諦めない。全員に火が灯ることを本当に信じている。
だからこそ、今、あなたが、わたしが、直接、火をつけるべき薪を戦略的に選択しなくてはならない。濡れた薪も、火の連鎖の中で、徐々に乾いていけばいい。どこかで火がつけばいい。かつて濡れていた薪も乾いて、自ずと火がついた時に、また再会するチャンスが巡ってくる。それを信じて、今は前に進もう。
あなたの心は種火、人生はマッチ棒
火おこし理論は、参加型のプロジェクトのデザインについての考え方でもあるが、生き方の洗練でもある。
あなたの中にある変化の種火を育てるためには、選択が必要だ。人生の時間は限られている。これは、AかBかという選択主義を迫るものではなくて、優先順位をつけようと言うお誘いだ。
いのちはマッチ棒みたいなもので、その一秒一秒を、誰と時間を過ごすかを、自分の意思で選択しなくてはならない。私たちの大切な限りある人生を、本当に大切なことのために使おう。
参考:誰とコラボするかを明確にするための質問
「誰とコラボするか」ということについて考えるために助けになるかもしれない問いは次の通りです。私の尊敬する友人であり、音楽仲間のであるクリス・コリガンからの引用です。
• 私たちのプロジェクトのコアチームに必要なのは誰だろうか。
(Who needs to be at the core of our project?)
• このプロジェクトをつくるために誰と話す必要があるだろうか。彼らにどのような質問をすればいいだろうか。
(Who do we need to talk to to make this work, and what questions do we have for them?)
• このプロジェクトを加速させる、あるいは遅くさせる権力を持つ人は誰だろうか。いかに彼らを巻き込むことができるだろうか。
(Who has the authority to accelerate or impede this work and how can we involve them?)
• このプロジェクトによって影響を受けるのは誰だろうか。
(Who will be affected by this work?)
• チーム以外の人とどのようにコミュニケートするのか。
(How should we communicate to the rest of the world?)
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