オリジナル研究ノート 私の「技術論研究」の方法

はじめに

日本の「技術論」の発展は、技術の定義や社会における技術の在り方について、戦前から厳しい論争がくり返えされていました。その中心的存在は、物理学者であり哲学者の武谷三男さんでした。武谷さんの共同研究者は技術史研究家であり初代の技術評論家の星野芳郎さんでした。そのため、武谷さんを中心とした技術論のことを世の中では、「武谷技術論」、あるいは共同研究者の氏名まで入れ、「武谷・星野技術論」と呼んでいました。
「武谷・星野技術論」は、日本の高度経済成長期、技術革新や産業拡大の中で、必然的に発生した公害問題に対し、技術の在り方や対策について、社会に多くのことを提言し、マスコミや社会に対し、一定の影響を与えていました。私は、「武谷・星野技術論」を継承し、二代目の技術評論家として、1980年代後半から、社会に一定の影響を与えました。

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