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休職、そして原風景①玉川上水緑道
なかなか記事にできていないものの…この度休職が決まった。
主にメンタルの問題である。
昨日、休む前の最終出勤日だった。
翌日である今日、高尾山に心を開放しに出かけるつもりだったが、左足関節の周囲に痛みがあり…きっと痛みが気になって心の開放も難しいだろうと迷っていた。
今朝は4時過ぎには目が覚めてしまい、そのまま起床。やはりだるさはある。山は諦めよう。
そこで、知人からお薦めされた玉川上水緑道へ出かけてみることにした。
玉川上水…私が小学生のときに住んでいた場所のすぐ近く。
かつては玉川上水から東方向へ(都心へ向かう方向)緑道を歩いたのだが、今日は逆方向、西武国分寺線の鷹の台駅から西武拝島線の玉川上水駅へ向かう緑道を歩くことにした。
電車の乗り継ぎがいまいちで、6時半過ぎに鷹の台に到着。
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駅前に、こんな看板があった。
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緑道の入り口の紫陽花が美しい。
紫陽花だけでなく、さまざまな花が咲いている。
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このあたりを歩くのは何年振りだろう…そう、大学は地方に進学した私は、就職するときにもここには戻らず、のちに実家も引っ越したので高校卒業以来か。
父親は群馬の出身で、自然を駆け回っていた野生児だったとよく聞かされたが、私も幼少時は「散歩行くぞ!」と毎週のように父の朝散歩に連行?されていた。また、元旦の初詣にも、電車を使わずにわざわざこのような緑道を小一時間歩いて神社に出かけるのが恒例だった。
鶯の声が聞こえる。
鳥たちも元気。
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そう、こんな道はまさに原風景。
この辺を歩きながら、草を使った昔遊びを教わったっけ。
でも、当時は”疲れるなあ”とか、”ヤブ蚊に喰われるのがイヤ”とか、めんどくさいと思う方が多かったかもしれない。ごめん、父よ。
今、自然を求める気持ちが強くなっているのは…あきらかに父の血が私にも流れているのだろうと感じる。
緑道歩きだけではなく、父はほんの2〜3畳サイズの畑を借りて、野菜を育てていた。なす、トマト、ピーマン、とうもろこし、オクラ…それは小学校低学年のころの原風景。日曜日の朝は「畑(時にふざけて”け・た・は”)行くぞ」だったなあ。
玉川上水駅に着く直前に、こんな場所があった。
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さて、玉川上水駅に着いた。
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ウン十年前と一番変わったのは駅周辺かもしれない。当時はこんな階段やロータリーはなく、駅構内に踏み切りがあるフラットで小さな駅だった。発車時刻ぎりぎりに着くと、乗りたい電車が踏切を通過するのをじりじりしながら待たなければならず、踏切が上がると同時にダッシュして乗り込んだりもしたっけ。昼間は1時間に3本しか走っていなかった西武拝島線。乗り遅れると大変だった。
もうひとつ…小学校3、4年から塾に通うようになると、この場所で母がいつも見送ってくれていた。そして、いつまでだったか、予備校で帰りが遅い時も、暗い夜道を1人で自転車で帰宅させる心配もあったのかいつも迎えに来てくれた。
ふと、わたし、親にとってどんな存在だったのかなぁと思う。
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自転車置き場は、あまり変わっていない。
受験して別の中学に入ったばかりの頃。小学6年のときにちょっと気になっていた男子S村君に声をかけられたけど、仏頂面で挨拶するのが精一杯だった。
うん、クラスで目立つガキ大将みたいな子に、いつも何故かちょっかいを出されたように思う。
ここまで来たら、ついでに、昔住んでいた団地まで足を伸ばしてみよう。
小学校4年の時に転入し高校生まで過ごした場所であるが、30年経っていても迷わずに到着できた。
道すがら、同級生が通っていたバレエ教室や、同級生のご家庭が営む美容室も見つけられた。そして〇〇さんという友人の名前。どんどん記憶が蘇ってくる…
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ふと、こんなことが浮かんできた。
私、自分に自信がなかった。
顔もかわいくない。格好もなんかダサい。
母がいつも前髪ぱっつんに切るのがすご〜〜くイヤだった。
愛嬌もないし話も面白くない。
同じ棟の上の階に住んでいたY野さん、足も速くて、気の効いた発言もできて活発で。ほんとに爽やかだったな〜
W辺さんも、かわいいというより美人さんだった。控えめでシャイな子だったけど、私から見たらおしゃれな雰囲気があった。
私は…とにかく地味で垢抜けなかった(と思っていた)。集合写真を見て残念な気持ちになることもあった。
勉強しか取り柄がない、というような立ち位置だったかもしれない。
おいおい。中学受験〜中高と勉強ばかりしていた時を過ごした場所であることは確かだが…まさか容姿のコンプレックスが浮かんでこようとは。
娘が「自分の顔がイヤ」ということがあって、どうして?と寂しい気持ちになることがあった。
忘れていたけど、自分も同じように思っていたんだ…
そんな昔の自分の思い込みを、笑い飛ばす気持ちにはなれなかった。
そう、あの頃からすでに、色々と緊張していたし、苦労していたよね。
ほんとうに頑張っていた。
もう、そんなに頑張らなくていいと言ってあげたい。あの頃から今に至る自分に。
それにしても、頑張る原動力がもしかしたら容姿のコンプレックスだったのか?(家族全体の役割の問題だと思っているけど…)
そう思ったら、なんだか頭がくらくらしてきた。
緑道での原風景と、以前の実家。
そして10歳以降の記憶を思い起こした時間だった。
また、玉川上水駅に戻り、さすがに暑くなってきたので駅構内のマクドナルドで一休み。そのまま帰るにはすこし物足りなくて…また西武線に乗って多摩湖(村山貯水池)まで行くことにした。
そこで、小学4年のさらに前の記憶と再会するのであった。。