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全日本男子バレーを観戦して…過去の記憶が蘇る *追記・修正しました
昨日、パリオリンピックで日本男子バレーボールチームは決勝トーナメントでイタリアチームに敗れ、このチームでの活動、そしてフィリップ・ブラン監督による采配は終了となった。
SNSでは、このチームを愛する人々の声で溢れている。
私も同様に…もう少し、このメンバーだからできる夢のあるチームプレーを見ていたかった。
以前は「趣味はスポーツ観戦です」と言っていたように思う。
子供の頃から、特にオリンピックについてはモントリオール大会での体操のコマネチ選手をうっすら覚えているくらい、自宅でTVがついているといつも観戦していたように記憶している。
特定の競技、特にバレーボール、体操、フィギュアスケート、(一時期)サッカーについては、オリンピックに留まらずに関心を持っていたと思う。
男子バレーボールやサッカーについては、試合会場に行って観戦したことも何度かある。
プレーだけでなく、選手のキャラクターであったり、選手の考えていることや気持ちに想いを馳せることが好きで、選手が苦悩しながらも目標に向かって努力し成長を遂げ、自己実現する姿を見守ることが好きだった。
そのうち、心のどこかで密かにスポーツに関わることがしたいと思うようになった。でも自分自身の運動能力は並〜並以下で、とても無理だとも思っていた。
しかし大学生になって、本当にスポーツに関わるには少しでも選手の気持ちを理解するために競技を経験することも必要だと思ってバレーボールの部活に入り、練習に明け暮れた。(それまではその気持ちをなかなか言い出せなかった)
ポジションはセッター🏐
初心者から始めたので、下積みは本当に長かった。体力はないし走るのも遅かったが、幸いボール勘と器用さと反射神経はあったのでピンチサーバー・レシーバーとしては早くからコートに立ったものの、セッターとしてスタメンになるまでには数年間かかった。そして先輩の引退に伴っていよいよ、という段階の試合中に怪我をして手術を受け、2−3ヶ月リハビリばかりしていた。
本来の勉強や実習などはもちろん行っていたが、いわゆる大学生の遊びや海外経験などはほとんどない日々を送った。今思えばもったいないことをしたのかもしれない。
でも、今回もオリンピックで各選手が見せているように、試合終了後に張り詰めていたものがフッと切れた時、どんな感情か自分でもわからないままただ泣いてしまったり、嗚咽を抑えきれない…控え選手では得られなかったそんな体験も、試合に出るようになってから何度か経験することとなった。
もちろん、結果によっては、うれしい、悔しい、悲しい、さまざまな気持ちとともに…だけど、極限まで集中し、それが解放される瞬間の体験でもある。
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30年近く経っても忘れられない試合がいくつかある。
そのうちの一つを、今回の日本男子バレーの試合を応援しながら鮮明に思い出した。
どれを引退試合と言って良いのかわからないが、最終学年におけるある大会での最後の試合。
(夏の大会では戦略が足りず、それまで優勝候補常連だったのに準々決勝で惨敗したこともあり)そのチームで試合をする最後の大会として結果を残したかったのは事実。
最終セットで5点差くらいリードし、あと1点でマッチポイント、というところで相手のエースのサーブから連続失点し、逆転で負けた。
その前のセットでは、その年一番と言っていいくらいのナイスプレーが各選手から続出した。
でも…勝つために必要な最後の2点が取れなかった。
結局、結果に恵まれなかったチームであり、選手であった私。。。
いい試合だった。
試合中に初めて“楽しい“と思えた。
○○のスーパープレーも出ていたね。
選手や周りの人たちからそんな声を聞いていた。
一方で、「勝ちに慣れていないチーム」自他ともにそんな評価もしていた。
私自身の中では…
学生時代の多くの時間を費やしてきた。
手術が必要な怪我をして、そのままやめる選択もあったけど復帰した。
でも結局、先輩たちのような結果を出せず、結果を出した立場で見える景色を見られないまま終わった。
なんのために頑張ってきたんだろう。この時間はなんだったんだろう。
…そんな気持ちが、多分、ずっと、昇華しきれず燻っていた。
もちろんその過程で学ぶことは、競技そのもの以外にもたくさんあったはず。
でも、私自身はやはり結果が欲しいと思った。
それが、頑張った自分や費やした時間に対する唯一のご褒美のような気がしていたのだ…
…すっかり忘れていたそんな記憶が蘇っていた。
キャプテン石川祐希選手や、髙橋藍選手のコメントを聴きながら。
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なぜ、いつまでもその想いが拭えないのだろう?と自分でも不思議に思っている。
バレーボールというスポーツに正面から向き合っていたつもりだったが、コンディショニングなどでは自分に負けてしまっていた部分もあった。
精神的にも身体的にもギリギリの状態の中、その試合に勝つために、ボールを落とさないために、最後の一歩が出るか出ないか。それが本当に大きなことだというのを、試合に出るようになってから知った。
結果を出せないことで…出しきれなかった何かがあった、最後まで頑張りきれなかった、まだやれることがあった。そんな気がしていたのかもしれない。
その後の人生においても…途中まで全力で頑張りながら、最後の最後で失速して“勝ちきれない”、最後まで駆け抜けることができない、そんなことも何度かあった。
始めた講座を最後まで終了できなかった時なども、同じような思いが残った。
私は「最後に失速する人」
そんな自己認識があって、それを多分…許せなかったんだろうと思う。
でもその時は…きっとそれで精一杯だったんだ。
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結果に納得できない、何かすごく自分を許せない気持ちが残っている。
どんなに「頑張ったよ、認めているよ」と言われても、「だって結果出せなかったし」と、なかなかそれを受け入れられない。★
そんな自分も、素直じゃない、と感じて責めてしまったりもする。
そんな時は…そう感じる自分がいることを、まずは受け止める。
周りの温かい言葉を受け入れられて、自分の努力を自分で認められるのはその後からなのかもしれない。
その後に、本当の意味で、目標とのギャップを直視しながら一歩ずつ前に進めるのかもしれない。
自分を否定したまま、焦って進むのではなくて。
そんなことを思った。
まとまりのないままだけど、残します。
多分、後で読み返して追記すると思います。
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選手の皆様が、自分たちの頑張りと結果をまっすぐ受け止められますように。
まずはしっかり休んでください。本当にお疲れ様でした。
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★について、追記。
「結果を残せなかった」
→
「期待に応えられなかった」という気持ちがある。
ああ、またこれか、と思った。
周りからの期待だけでなく、自分に対する期待もあるんだと思う。