Netflixで配信中『極悪女王』の実況を経験して感じたこと
Netflix『極悪女王』の配信が始まってから2か月が経った。80年代にブームを巻き起こした女子プロレスが舞台のドラマで、主役はゆりやんレトリィバァさん演じるダンプ松本さん。当時の関係者がほぼ実名で登場する中で、僕は名物アナウンサーの志生野温夫さん役で参加させてもらったのである。
リングサイドの放送席に座ってプロレスを実況するのが、自分に与えられた役目だ。セリフは最低限必要なワードさえ入れれば自由にしゃべってよかったので、演技というより、ほぼ普段の仕事そのままである。
撮影に参加したのは一昨年の夏からで、後楽園ホールをはじめ、いくつかの体育館に足を運んだ。泊まりの撮影もあった。アナウンサー役でドラマに出演したことはこれまで何度かあるが、今回の現場は経験したことのない雰囲気だった。
プロレスシーンの撮影は、長与千種さんの指導の下、マーベラスの選手たちの動きを何度も確認してキャストが本番に入る。危険と背中合わせなので当然と言えば当然だが、段取りは実に念入りだった。緊張が続く中、本番でOKの声を聞くと、エキストラ含めてみんなで拍手しながら喜び合って次に進んでいく。とにかく、いいもの作っていこうという空気が充満していた。白石和彌監督や茂木克仁監督、スタッフ、Netflixの気配りに加えて、ゆりやんさんが率先して現場を明るくしていたと思う。
さらに、小道具や衣装の作りも綿密で、それらを身につけるキャスト全員が登場人物になりきっていた。コスチューム姿の剛力彩芽さんと唐田えりかさんをクラッシュ・ギャルズと錯覚した瞬間は何度もあったし、竹刀を振り回すゆりやんさんはダンプさんにしか見えなかった。リング下でセコンドを務めるレスラーの仕草もリアルだった。彼女たちの強い団結力も現場の雰囲気を作るうえで大きかった気がする。
きっと、そんな彼女たちの本気が視聴者にも伝わったのではないだろうか。特に忘れられないのが髪切りデスマッチの撮影だ。僕も試合前のシーンで志生野さんそのままに「今日は何か起こりそうな予感がいたします」と言ってるときは、本当にそんな感覚に襲われたくらいだ。役の中に自分が混ざったような体験は初めてのことである。
さて、配信が始まってからいろんな反響が届く。感じ方は人によって違って当然だが、最もうれしかったのは、古舘伊知郎さんがTOKYO FMの番組で「実況が見事に志生野節を完コピしている」と評価してくれたことである。パーソナリティの鈴木おさむさんが作品に関わっていることを差し引いても、その場にいない無名のフリーアナウンサーのことを褒めるなんて、普通はあり得ないことだと思う。
他にもニッポン放送では徳光和夫さんが志生野さんとの会話で僕のことを指して「彼、巧いですね」と言ってくれた。やっぱり、同業の、あの頃を知っている先輩方に褒めてもらえるのは格別にうれしい。キー局の出身でもないのに、彼らの系譜に入れてもらえたような気がするからだ。
考えてみたら、20歳の頃にキー局のアナウンサーを目指し、古舘さんに「プロレスの実況アナウンサーになるにはどうすればいいですか」と相談してから、ちょうど30年が経つ。思い描いていた道には進めなかったけど、あのときに直接教わった実況の技術を使って古舘さんの目の届く場所で仕事をして、きちんと認めてもらえたのである。
『極悪女王』はビューティ・ペアに憧れる平凡な少女が、同じ道を追いかけ、自分を変えながら成功を掴む姿が全5話で描かれている。仮に自分を投影するとしたら、こちらは「大河すぎるドラマ」で、先の展開はまったく読めない。クライマックスはおそらく、古舘さんとの再会だと思うのだが、果たしてそのシーンはいつやってくるのだろうか。ただ、今回の仕事がそのときを少し近づけてくれたような気がしている。