連合軍の、長い半日。
2024/07/27
戦友である姉と、タイミングが合ったため、一緒にいろいろ片付けようと申し合わせた日。
と、言っても、姉は健康診断が終わり次第、新幹線で向かう予定。結果が悪くならないか、心配。
向かう道中、思いつく。
今後のことも相談したいし、まだ声だけのお付き合いである、包括支援センターのSさんにご挨拶をしよう。
即行動。ハンズフリーで電話。しかし、担当のSさん、土曜日にてお休み。
思いつきではなく、ちゃんと予定を立てましょう、私。
顔すら見せないのは失礼と、予約し訪問する事に。
他の方が対応してくださる。老人福祉施設を併設しているので、暇ではないはず。急な訪問にも対応してくださり、ありがとうございます。
まず、ご挨拶。そして、今までの対応について感謝を。
ここからは相談と、今後の展望。
介護認定までに時間がかかる(私の仕事の都合上9月)で、その旨伝えると「長くなりますね」と。
長いのか。
認定調査から2〜3週間後に、判定の連絡が来るらしい。そこからサービスの選択になる。
確かに長くなる。
入所できる施設について聞いてみる。
待機している人が多いのと、介護度が現状では低いので、希望に沿った施設は高額になるため、期待はできない。
終始、優しく、かつ丁寧に対応していただく。各パンフレットも用意していただき、有り難い限り。
重ねて、感謝をお伝える。またSさんへの感謝を言伝し、お暇する。
姉と待ち合わせの時間。最寄りの新幹線駅までお迎え。
姉「どうもどうも。」
私「健康診断お疲れ。こんな状況じゃ、不健康になっちゃうね。」
姉「本当だよ、まったく。」
お互い、軽口を叩き合いながら、運転席と後部座席で会話。
敵同士だった、あの思春期からは考えられない。文字通り、叩かれまくったあの日々。心身ともに、一方的に。敵同士なんて烏滸がましい。
蛇に睨まれた蛙、鷹下の雀。
壮絶だったな。
良くはなかったけど、今は戦友。けれど、隣に座る勇気はなし。
名物大将から二代目が引継ぎ、活気が落ち着いた、地元のうどん屋にて作戦会議。
私「さて、今日はどうしようか。この後、カフェでケーキでも食べて帰りたい気持ちだけど。」
姉「いいね。」
お互い、面倒は承知。こんなことでも言わないと、やってられない。
時間に限りがあるので、一番の問題でもあり、一番厄介な「お金」について片づけていこうと、姉からの提案。
こういった問題については、やはり長女。きちんと考えてくれている。二番目だから許して。
大きな問題として、父の口座残高、そこそこ大きな金額の△がついていた。
履歴を見る限り、引き出せるから、引き出す。そんな生活の積み重ねのよう。これも認知症特有といえばそう。
しかし、だ。
母の口座、頻繁に引き出しているが、普通に残っている。
よくよく調べると、公共料金や住居管理費、携帯料金の新規購入(2台分)
はたまた例の宗教の新聞代まで、すべて父の支払い。
母は、自分で引き出しているのみ。
問い質してみる。
私「(この現状は)どういう事?」
母「知らないわよ。お父さんのお金がないのなんて。お酒ばっかり飲んでるからでしょ?支払いなんて、全部私が出してるんだから。」
出た。
何かといえば「全部」、大変なのは私という、被害者ヅラ。
一気に血がのぼる。
「そんな訳ないでしょう!?生活費って分かる?光熱費とか、携帯料金とか、家の管理費とか。」
「ご飯も作らず、何もしないあなたが、ここで文句だけ言いながら、生きてるだけでかかってるお金のことだよ!全部お父さんが払ってるんだよ。それが何!? 全部お酒? ありえない!何様だよ!」
姉に止められました、止まらなかったけど。
ワイルド・スピード、私。
長くなってしまったので、中座します。
最近、父の認知症ではなく、母の問題行動がメインになっており、ただの愚痴Noteに成り下がっていますね。申し訳ないです。
意外と、父の症状が落ち着いてきたのと、母の問題が顕在化してきているためですので、ご理解ください。
続く。
始まりの話はコチラ。↓