伝えたかではなく、伝わったか?
商業史を振り返ると、売上追求、規模拡大を目指すあまりに、「顧客の満足」という合理性よりも「自社の都合」という効率性を優先し、お客様からの支持を失って衰退した企業が少なくありません。また、総合化の名のもとに専門性を二の次にして、お客様に専門家ならではの価値を提供できなくなった企業もあります。結果、巷には「いろいろあるけれど、欲しいものが見つからない店」があふれました。専門性の追求は、商業にとって最優先課題の一つであり、専門性があってこその総合化であり、規模拡大が可能となります。順番を間違えてはなりません。
たとえば、魚介類もそうした商品分野です。現にスーパーマーケットでは、鮮魚は鮮度劣化が早くて廃棄ロスが出やすく、仕入れコストが高くて利益率が低いことから「お荷物部門」と言われ続けてきました。一方で知識や経験技術が必要な仕事ゆえに、人材育成は一朝一夕には成りません。
販売効率の追求を本質とするスーパーマーケットは仕入れを規格化して、価値の伝えづらい魚種の扱いをやめ、セルフ販売によって顧客と接する機会を自ら減らしていきました。その結果、お客様が本当においしい魚に出合ったり、新しい食べ方を学んだりする機会もまた減らしてしまったのです。
旬や栄養といった魚の知識や食べ方を顧客に伝えながら売るという昔ながらの魚屋が残っていれば、これほどの魚離れは起こらなかったでしょう。どの店もありきたりで貧弱な品揃えとなり、つまらない売場ばかりが幅を利かせるようになったから、私たち消費者は魚を食べなくなったのです。
日本人の魚介類の消費量は上表のように、年を追って減少している。農林水産省の「食料需給表」によれば、食用魚介類の一人1年あたりの消費量は2001年の40.2kgをピークに減少。2011年に食用肉類に逆転されて以降、その差を広げられています。
一方、専門店として鮮魚を扱う店もその店数を減らしています。経済産業省「商業統計表」によると1994年には約2万5000を数えたが、20年後の2014年には約7500に減少。現在は1994年の4分の1ほどと推定されます。商店街から生鮮三品を扱う店が消えて久しいですが、初めになくなるのが鮮魚店です。
元水産庁職員で、現在は「魚の伝道師」として魚食の普及に取り組むウエカツ水産の上田勝彦さんは、魚離れと鮮魚店減少の理由についてこう言っています。
「魚を食べなくなったと言われているが、魚のことを本当に『伝えよう』として、それができていたのか。『伝わった』のかということだ。これは、どんな業界にも言えることだが、最も大切なことでもある。魚をさばく講座に親子が来てくれた、楽しんでくれた、漁港のイベントにたくさんの人が来てくれた……。で、魚の業界は変わったのか。相も変わらず魚の売上は落ちている。一方で魚の資源保護がうたわれているが達成できていない。それは、私も含めて、多くの魚に関わる人の活動が『伝わっていない』せいにあるのかもしれない」
ここまでを別の業界の話として読んでいた方々に言いたいことがあります。こうした「伝わっていない」現象は、どんな業界にも言えることなのです。
忘れてはなりません。専門性・独自性を追求し、それを伝える取り組みを試行錯誤し、伝えられた企業・店だけが、どのような経営環境にあっても自ら市場を創造できます。専門店とは何か。その業態は時代とともに変化しますが、その本質は変わらず、プロとしての情報伝達力にあります。