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きわダイアローグ13 齋藤彰英×鈴木隆史×向井知子 3/3

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3. 重なりに残る痕跡

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向井:先日藤井一至 *1 先生(土壌学者)がテレビで、1センチの地層が溜まるのに100年かかるとおっしゃっていたんですね。水場の取り合いで戦争になるというのはよく聞く話ですが、実は土壌の取り合いが戦争になることもあるそうなんです。今戦地になっているウクライナの辺りも、土壌がいいという話があるらしく……。水に視点を置きがちですが、土壌の奪い合いも地球上で起こっているんですって。土壌はなかなか蓄積していかないので、どんどん失われていってしまう。

鈴木:地質や地層というと特別な場所を想起しますが、設計業務においてはどんな場所でも関わりがあります。例えば、建物を建てる前に敷地の地質を確認するためにボーリング調査というものを行います。支持地盤(建物の重量を預けられる強度を持った地盤)が地表のどれだけ下にあるかを知ることが目的の一つです。標準的な検査方法としては鋼管を地上から打ち込み、30センチ打ち込むのに必要な打撃回数を「N値」と呼称することで、その近隣深度1メートル程度分の地質強度として想定する。それを繰り返しながら、時には数十メートル下まで鋼管を打ち込みます。そうすると、打ち込んだ分の長さの土質サンプルが鋼管の中に残り、地上へ採取されます。鋼管は横に割られ、中から筒状の土壌が現れることになります。それはさまざまな調査へ回されますが、最終的には小瓶に入って施主へ渡されます。設計者のところには残りませんが、先ほどの話にあったように1センチで100年と言われると、普段業務的に接している資料が、なかなか興味深いものに感じますね。

齋藤:僕は東京礫層のサンプルが欲しかったのですが、通常では手に入りません。東京で露頭している場所はなかなかないんです。

鈴木:ボーリング調査をしてしまえば、どこだって手に入るはずなんですよね。そうやってサンプリングを貴重に思う人がいる一方で、施主はどこに置いたか分からなくなってなくしてしまうことが多いんです。

齋藤:確かに以前展示をしたギャラリーで、ないと言われた経験があります。そのときの展示では、柱状図(ボーリング調査によって得られた地層を図化し、N値をグラフ状に記載したもの)やN値の表記を作品と一緒に置いていたんですね。本当は併せてサンプリングしたものがあったら欲しいと伝えたのですが、ありませんでした。

「東京礫層」(2021年)
齋藤彰英
iwao gallery、東京

鈴木:今話にでたのは標準貫入試験という手法で、それによって得られるN値は建築の設計時に重要な指標となります。一定以上のN値を有した地盤面を見定め、設計上の支持層として仮定し、設計としてはその深さまで何らかの方法で基礎を延ばし、建物の自重や地震時の揺れの力を支持地盤面に伝達させる必要があります。ただ、N値そのものは先ほどお話ししたとおり、極めて原始的な方法によって定めるうえ、想定した支持層そのものを、設計者は見ることも触ることもできないまま設計を行います。いざ工事の際に掘ってみたら、支持層となるべき土に想定した強度が得られないことも稀にあります。
地面から数十メートル下の支持層を頼る場合、敷地を全面的にそこまで掘るわけではなく、複数の杭を介して荷重を支持層へ伝えるような形になりますので、杭種によっては、工事中も支持層の土を一切見ることができない。もちろん際限なく予算を投入すれば色々とリスクを減らす手段はありますが、標準的な工事手法としては、実はブラックボックスを許容しながら成り立っているとも言える印象があります。それほどに、土の中というのは分からないところがあるんです。

齋藤:でも分からないのが面白いと思うんです。

鈴木:業務で問題が起きた場合を考えると、面白いとは到底言えませんが、そういった側面を美術だったり、あるいは別な何かだったり、そういう視点で見直すと、面白いと思います。先ほどの柱状図も、1メートルごとの打撃調査による結果を図としてまとめたものなので、ある意味では平均化された情報です。図化され得ないイレギュラーが実際にはたくさんあり、事故がない限り工事においてもその微細なイレギュラーは認知されません。

齋藤:地層って、水が流れたり、水が溜まったりするところですから、どうしてもすごく細かい亀裂がありますしね。先ほどお話ししたギャラリーの方も、何が埋まっているか分からないっておっしゃっていました。東京は本当にいろいろあった場所ですから。

鈴木:不確定なことは多いですね。地層の話ではないですが、地層と常に関連する話として、近年、杭の既存利用というテーマが建築業界にあります。杭は、支持地盤が地表よりかなり深い位置にある場合に用います。ベネツィアの都市自体が大量の木杭で支えられていることは有名だと思いますが、現代都市を形成するビル群も、鋼管だったりコンクリートだったりの杭を敷地に何本も差し込み、硬い支持層まで到達させ、その上に建設されます。特にコンクリートによる重い建物を軟弱な地盤に建てる際は必要になりますが、そうして建てた建築がいずれ不要になり解体され、同じ敷地に別なものをつくる際に、この既存杭をどうするかという問題が残ります。
基本的には既存物だから杭も一度解体するのが原則ですが、たとえば仮に40~50メートル近い深さまで到達させたコンクリート杭を解体するとなると、とてつもない費用がかかります。もし、解体前もその後の新築も同じ施主の所有する建築、という計画があったならば、既存杭を再利用できないだろうかと考えるでしょう。そうやって既存杭の上に新築を建てるプロジェクトは少しずつ増えていますし、今後も増えていくと思います。ただ、このとき問題になるのは、既存杭が健全かどうか、どうやって健全であると皆で合意するか、です。この問題に対する法的な枠組みはまだ整っていないと言ってよいと思いますが、各指針等に基づき設計側で構築したストーリーを行政等に納得してもらいながら進めてゆくことになります。
僕の経験でも、深さ40メートル級の既存杭を上からコア抜きする試験に立ち会ったことはあります。これもボーリング調査に似ていますが、直径10センチ程度の鋼管の先を回転させながらコンクリート杭に上から挿入していきます。確か2メートル程度の深さまで貫入して、先ほどの地層と同じようにコンクリートの円柱サンプルが取れるんですね。つまり、コンクリートの肌の中に、骨材の断片が見えていたり、鉄筋の断面が入っていたりします。2メートル程度分はそのサンプルを検査すれば健全性を判断できますが、ボーリング調査のように上から杭底までコア抜きしてしまうと、健全性を知りたい対象の健全性を損なうという矛盾が生じます。そこで、上からエコーみたいなものを使って検査する手法を取ります。これもある意味かなりアナログなのですが、先端にセンサーがついた鉄の棒を差し込んで穴底に押し当て、もう一本挿入した鉄の棒も穴底に当て、それを上からハンマーで叩くんです。打撃振動が数十メートル下の杭先端まで行って返ってくるわけですが、このエコーの波形を解析すると、途中に大きな欠損があれば分かるという話なんですね。でも実際にやってみると、良い波形とも欠損のある波形ともいえない、打撃不良だったり、検査そのもののノイズがあったりと、一言で言えば難しいわけです。良い波形が取れても、連続して取れないとやっぱり信憑性がないじゃないですか。だから、鍛冶屋さんみたいに地下でカキンカキンと丸一日くらいかけて計測し続けました。正直、これで大丈夫なのかなと思っていましたが、結果の報告書には健全であるって書いてありましたね。
少し話がそれましたが、見えない地中へのエコーという意味では、地層へのアプローチ(のできなさ)に似たところがあるかもしれません。

齋藤:東京は、今後そういう建築だらけになるってことですよね。

鈴木:可能性はあると思います。特に、東京や埼玉等の一部、地盤がよくない場所で都会といえるくらいの30年生級のビルが多い場所では、杭再利用の手法がもう少し確立されれば、事例としては増えると思います。

向井:埼玉県なんかは今は海がないけれど、昔は海だったところが多いですもんね。川口や浦和など、地名からしても水辺ですし。
こうやって、今回もきわダイアローグとして、わたしと齋藤さん、それから鈴木さんを交えて喋っていますが、それによって齋藤さん自身や作品を変えたいなんてことは思っていません。齋藤さん自身は変わらなくとも、対話の痕跡が残っていたり、どこかに介在していたりすると面白いのかなとは感じています。2021年に「きわにたつ」を行った際にも、結局はわたしの解釈でものをつくっていました。けれど、ダイアローグをしてくださった芹沢高志さんや渡邊淳司さんなどから言われていたことは、どこかで関与されて、影響も受けていたと思うんです。自分が思っていることと接触して、制作として出ている。渡邊さんに関しては、実際にお会いしたのは公演の日が最初だったにもかかわらず、「きわにたつ」を見てくださったときに「僕はここに関与していたんですね」とおっしゃった。それがすごく面白かったんです。
今回は記録の冊子をつくる時間がないかもしれませんが、わたしはそれでもテキストを書くつもりです。展示物に関しても、テキストにする必要性はないかもしれませんが、何かテキストを介在させたい。今まで考えてきて、いろんな人と話してきたことを、とにかく言語化していく作業を今回しようと思っているんです。

鈴木:そういう作業がすべて映像として文由閣にまとまるより、別の場所にあったほうが相互にとっていいような気はしますね。

向井:そうですね。水の苑に関連が見えていればそれもいいと思います。

鈴木:齋藤さんが撮影する場所も、1か所とは限らないとおっしゃっていましたよね。別のコンテクストが同じ場所にあると興ざめするかもしれませんが、文由閣と水の苑に分けるのは僕もいいと思います。

向井:東長寺のある新宿という場所自体が、色んな川が混在していますしね。玉川上水はもちろん、神田川も来ているし、文由閣は紅葉川があった場所にある。無責任な言い方にはなるかもしれませんが、きわダイアローグはまとまったものになる必要はないと思っているんです。

齋藤:以前向井さんが、きわプロジェクト全体を通して、いろんなものを持ってこようとお話しされていましたよね。そのときはどうなっちゃうのだろうって分からなかったんです。今のお話を聞いて、今回は映像が主体で、それに関連したものとして副産物的に何かをつくるのかなと思ったのですが……。

向井:そうですね。齋藤さんにはそういう軸をもって、動いてもらって構わない。わたしはそこから反射神経的に、いろんなことを考えていければいいなと思っています。きわダイアローグを続けてきて面白いなと感じているのは、別の相手とわたしが1対1を対話しているにもかかわらず、別の位相にあるはずのものが接触する瞬間があること。わたしは全部に介在していますが、それでも、それぞれ話す内容もタイミングも異なる。それって不思議ですよね。今回もわたしが勝手にいろんなことを喋っていますが、これだって齋藤さんとだけで完結する必要はないんです。

齋藤:もしかしたら僕だけではなく、あと2人くらい映像作家が今回の展示に関わるのが理想の形かもしれないですね。それぞれ作品をつくって、文由閣の空間の中で3人の作品を投影する。それを観た向井さんが接しているところをフォーカスしていく……、みたいな感じでしょうか。

向井:いいですね。そういう感じのことが、ダイアローグを重ねることで何かは生まれるかという目下の興味で、ぜひこの先でやっていきたいと思っています。「きわにたつ」の公開トークに出てくださったクレア・T・ウェイトさんのように、すでに制作している人の作品、その他にも海外から持ってくるなんてこともありだと思っています。とはいえ、この対話の中からいろんな作品が生まれていくことが面白い。今喋っているもの、来年別の誰かと喋っているもの……と増えていって、派生してできた映像や作品が蓄積されていきますよね。何年か後、それが一緒にガーッと流れているときがあるといいなと思っています。

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*1 藤井一至(ふじいかずみち、1981年〜)
土壌学者。富山生まれ。国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。土壌と地球の成り立ちや持続的利用方法の研究を行う。著作に『土地球最後のナゾ』(光文社新書・第7回河合隼雄学芸賞受賞)、『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』(山と渓谷社)など。

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