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観劇記録|『人魂を届けに』

2023年5月21日(日)に、文学フリマに参加するため、東京へ遠征することになった。大体、東京に行く時は演劇をセットにする。日にちを確認して、自由に使える時間に観劇を入れる。丁度よく見たい劇団の公演期間と被る時もあるし、前後の週だったら観たい作品がいっぱいあるのに、という時もある。今回はめでたく前者で、生で観たいと思っていた、イキウメの公演と被っていた。

公演情報が出たばかりで、劇団の先行予約から申し込みができたので、チケットも余裕を持ってとれてよかった。そのお陰で、下手側だったが、前から2列目で観ることができた。

イキウメの作品は、映像で『聖地X』『太陽』の2本をみたことがある。映像で見て、これは生で観たいと思っていたが、なかなか機会がなかった。今回観られたのは本当によかった。しかも、シアタートラム。以前、ロ字ックを観に行き、その作品もだけれど劇場がとても気に入ったので、またあの空間に行けることも嬉しかった。

『人魂を届けに』
作・演出 | 前川知大
出  演 | 浜田信也 安井順平 盛 隆二 森下 創 大窪人衛
       藤原季節 篠井英介
at シアタートラム
2023年5月20日(土)18:00開演
前から2列目 下手側より観劇

人魂(ひとだま)となって、極刑を生き延びた政治犯は、
小さな箱に入れられて、独房の隅に忘れもののように置かれている。
耳を澄ますと、今もときどき小言をつぶやく。

恩赦である(捨ててこい)、と偉い人は言った。
生真面目な刑務官は、箱入りの魂を、その母親に届けることにした。

森の奥深くに住む母は言った。
この子はなにをしたんですか?

きっと素晴らしいことをしたのでしょう。
そうでなければ、魂だけが残るなんてことがあるかしら。
ところで、あなたにはお礼をしなくてはいけませんね。
母はベッドから重たそうに体を起こした。

魂のかたちについて。

フライヤー、webサイト掲載文
https://www.ikiume.jp/kouengaiyou.html より

※ネタバレがあります
 公演は2023年6月18日が大千穐楽です
 これから観劇される方は、ぜひイメージを持たずありのままを観て
 いただけたらと思います。


柔らかい温度がそこにある

なんて優しくて柔らかくて温度を感じる作品なんだろう、と思った。
見終わったあとの気持ち。
物語の中心に「魂」があるのだけれど、その魂も、自分が持っているであろう魂も、やさしくずっと撫で続けられているみたいだった。

手の動きが印象的だった。お芝居の端々にある、手で背中を撫でたり、トントンとたたいたり。その速度、柔らかさ全てがこの優しさの一端を担っているんだろうなと思った。

最初に板付きになるときの役者さんたちの身体の感じ。
力が入っているようで入っていない。
緊張感があるようでない感じ。
ちょっとふわっとしているような、
でも次の瞬間には倒れてしまいそうな危うさ。
これだけで、あぁ、なんてこんなに虚無感を感じるんだろう。この人たちには何かが、魂が欠けているというのがよく伝わってきた。
この瞬間、何が起きてもおかしくないと思った。これは私のすべてで向かわなければならないものが目の前にやってくるのだと思った。緊張感が沸き起こるけれど、決して身体に力が入っているわけでない。どこか緊迫しているけれど、どこか優しさに包まれているような瞬間だった。

最初の導入シーンで黒い液体(液体なのだが、あれはかたまりだったのだと、これを書いていて自然に思った)を飲み干し暗転する。これが最後の液体で、ここに辿り着くまで何があったのか、それが描かれるのか。全てが楽しみでしかない始まり。

上演時間2時間。でも体感は一瞬だった。後から思い返してみても、見ている絵やシーンが変わるわけでもない。集中力が途切れたり、少しでも気になったところがあれば、零れ落ちていく感じがする。
緩急が凄い。振り幅は決して大げさでは無いし、落差という程の衝撃でもない。けれど、その起伏の膨らみがとてもジューシーで、心をそっと手で掬われて、包まれて、掬われて、みたいな緩急があった。会話が落ち着く度、静かになる度、誰かが山鳥(篠井英介)の手で撫でられている。子供のひとり(藤原季節)が誰かをさすったり、撫でたりする。その度に、自分もその手に包まれているような気持ちになり、またこの世界に沈んでいったのかもしれない。

こんなに手の温かさや温度を感じたのは初めてかもしれない。目に見えないもの、匂い、温度。これが伝わる舞台、自分もそんな舞台に立ちたいと思った。


欠けた魂を埋めてかえる

魂が物体として目の前に出てくるというのは、ある意味衝撃であり、ある意味こんなものか、といった面持ちがある。

「受刑者が吊るされたときに出てきた物体。これは魂なのではないか。」

これを魂として命名できる豪胆さ、図々しさのようなものも感じたけれど、それが出来てしまうというのもまた、ひとつ、魂が無いと言われている八雲だからこそできたことなのかもしれない。

黒い色をしている、というのもその人間を表しているからなのか、死んでしまったからなのか、何か理由があるのか。色々な感情が混ざり合って産み落とされた結果なのか、「魔法少女まどか・マギカ」に出てくる、ソウルジェムのような濁りなのか。それとも、この黒い塊を包んでいた何かが失われて、欠けていった残りなのか。これだけで5時間くらいは語り合えそうである。

「魂とは」「魂の形とは」というところに、観ている人の重きを持っていかせないというのも良かった。「私は魂っていうのは丸くてほわほわ~っとしていて白いものじゃないとダメなの。」という山鳥の台詞が全てをねじ伏せて終わらせている。見ている方は、「魂は白くてほわほわ派」と「そうじゃなくてもいい派」のどちらかに自分の気持ちを落ち着かせることができる。こういった細かいけれど、序盤で引っかかって世界観に入りにくくなってしまいそううな要因を取り除くのが本当にうまいと思った。

日常で自分が気が付かないうちに魂が欠けていっている。
それを冒頭でわからされてしまう話のやりとりが凄い。それぞれの話を聞く中で、自分はきっとこれで魂が欠けていっている、と気が付かされる。

上司からの何気ない言葉
友だちとの他愛もないLINEのやりとり
SNSで飛び込んでくる様々な感情
などなど。目の前の会話から、自分の魂は何によって削られてしまっているのか思わず探してしまい、自分に当てはめる。その瞬間、自分も魂を失くしてしまった、欠けてしまった子供たちの一員になってしまう。戯曲もそうだが、気が付かないうちにこの世界の端っこに座らされてしまっている演出が素晴らしい。

きっとこの作品をみながら、観て、欠けてしまった魂をみんな少しずつ埋めて帰路についているんだなと思うと嬉しかった。観終わった後、何だか元気がでたり、優しい気持ちになったり、満たされた気持ちで劇場を後にしたのは私だけではないと思う。弱って、小さくなって、今にもなくなってしまいそうな魂を大事に大事に毎日過ごしている人にはぜひ観てほしい。黒い魂も、終わる頃にはもしかしたら、白いほわほわの丸い魂になっているかもしれないから。ちなみに、この日の私はたまたま魂がまだ力のある状態だったので、観劇後に日高屋で炒飯と唐揚げとラーメンを食べました。多分魂はパンパンに膨れ上がっていたに違いない。


日常にあるエピソードを煮詰めて鋭くして物語に打つ

舞台だけでなく、小説や映画などでも、日常にあることやエピソードを落とし込んで作品にする、ということがあると思う。観た人がその後仕込みに唸ったり、共感したり、感情を伴って見ることが起こると、うまいなと思う。この作品でも、私だけでなく劇場にいた人が唸った出来事が混ぜられていた。

刑務官として勤めている八雲(安井順平)。妻と息子がおり、妻とは離婚、息子は消息不明。消息不明になった息子に対しての八雲の態度にイライラする妻。「本当に心配しているのか」と妻に言わせる八雲の態度、感情の見えなさ。それが、「魂が無い」と見えている。
その息子の消息不明から、心も身体も弱ってしまった妻が、その胸の内を詩に込めて書き留めていた。それを見た八雲は感動し、妻にこの詩をもっと多くの人に見て貰ったらどうかと進めるが、妻はそういうものではない、自分のものとしていたいと拒否する。ところが、八雲は勝手に作品の公募に妻の詩を応募してしまう。優秀賞を受賞したことを妻に伝えるが、結局それが決定的となり離婚届を突き付けられるのだ。

日常によくある、「あなたには魂が無いよね」(あるいは、感情や人間の心とも言い換えられるだろう)と言われてしまう行動を八雲がとっている。周りから見えれば、「そういうところだよ」(そういうところが魂が無いって思われることなんだよ)が描かれている。妻の立場から見ている人は指摘する目線で、同時に、もしかしたら自分もこうかもしれないと思わされている。

このエピソードの解像度がエグいと思った。詩のエピソードの前にも日常で妻から「そういうところよ」と言われているのだが、誰でもそれくらいなら笑って流せるレベルだと思う。ところが、この詩のエピソードは、観た人のほとんどが「これなら離婚しようと思うわ」と思えるほどの決定打として強度があった。ネットなどでも、夫の趣味の品を勝手に捨てたというような話が見られるが、それと同じようなことだと思うのだ。それをこの作品の八雲が体現することで、こんなにも殴られたような衝撃になったというのが凄かった。そして詩のエピソードを観た人の中にはきっと、「なぜこれで離婚しようとなったのかわからない」と思う八雲側の人間が混ざっているのではないか、と思った瞬間、あぁ、これは本当に怖いことなのだと思わされた。


魂と身体がつりあって街へ行く

公安(盛 隆二)は、魂は強いけど身体が弱っている。
八雲は身体は整っているけれど魂が無い。
身体と魂が釣り合っていないと、この森からは抜けられないのかもしれないと思った。八雲がここに来られたのは魂が欠けているからで、きっとラストシーンではまだ帰ることができないのだろう。はっきり意識はしていなかったかもしれないが、感覚で最後に「まだもう少しここにいる」という判断をしたのが八雲らしい気がした。少しずつ魂の形を作っていったとき、また街に戻れるのだろう。

逆に、公安(盛 隆二)は、自分の今の状態を見ず、街に戻ることだけを考えた。最後にまた街に向かった彼のその後は描かれていない。街に辿り着いたか、また戻ってくるのか、そのまま朽ちてしまうのか。ここを描かない広がりもあるし、観た人がどう解釈をするのかも面白さがあった。公安の彼に対してどんな風に作品時間を通して感じたか。それによって彼の未来の解釈が変わってくるのかもしれないと思った。

魂によって、八雲の魂をここに届けられた、というところもぐっときた。それも、何だかんだ八雲が何かに愛されているような気もするし、死刑囚からの「逃げられないぞ」というようなメッセージのような気もする。
魂を連れてきたのに、魂によって連れられてきた。そんな風に声を掛けた山鳥にもぐっときた。

「キャッチャーになりたい、最後に崖を止められる人になりたい」
という、誰かのストッパーとして行きたい、というのは、先に事件を起こした人たちとも共通しているのではないかと思った。とった方法が違っただけで。
みんなにとっては、とった行動が誰かを救うこと、手を差し伸べることだったのかもしれない。それが周りの人たちから見たら、モラルに欠けることだったり、犯罪であったりしただけで。

だから、この後息子の一人(藤原季節)が街に行くという選択をするけれど、それがどんな結果の「人を救う形」になるのかはわからない。きっと彼は真っすぐな道を進むだろうという希望を感じたのが救いな気がした。


役者さんのこと

演出が含まれているかもしれないけれど、役者さんと役について思ったことのメモ。

浜田さんの、妻が、妻であった。
声じゃない。喋り方であり、行動なのだ、ということがとてもよくわかる例だと思った。程よく解像度が高く、こういう女性いるよね、と思わされたのもとても良かった。背も高く、すらりと、でもややがっしりした方なのに、線が細く、几帳面で神経質な面が出ていたのが素晴らしかった。森で暮らすものと妻との切り替わりが、嫌らしくなく納得しかなかった。

藤原さんは、ちょっと浮いてるかなと思ったけど、それが、ここに集まった人との時間経過の違い、という気がしたので、とてもよくそれが出ていた。
最後の「街に戻る」の下りで、彼の魂が煌めいて生まれ変わった瞬間が、私には目に見えた。こんなに輝きを目に見えるようなお芝居にできるのが素晴らしかった。きっと彼は街に辿り着いて、真っすぐな道を歩めるとみるものに確信させるお芝居だった。

安井さんの、ラストの台詞で涙が滲んだ。
奇跡を足が受け止めた、それを感じた痛みと喜びの笑い声が最高に好きだった。ラストの台詞はまだこれだ、というものではなかったかもしれないけれど、模範解答みたいな気がして、落とし所としてとても納得した。この最後の台詞、本当に難しいと思うけど、それをこの形にできるのは、それまでの時間を生きていたからなんだと思った。
最初に出てきたときの安心感と、これが見たかったという気持ちを一度に昇華させられて、本当に好きな役者さん。

盛さんも、最初かたいなって思ったけど、役割としたら途中から気にならなくなった。最後、この人はどうなってしまうんだろう、というところ、観ている人の考える余地を残していなくなるあの空気感や表情が印象的だった。

森下さんめちゃくちゃ好きな感じだった。手でかき混ぜたら溶けていきそうな森に住む人の感じが凄い。上司の役のときのお茶目感、ギャップ萌えする。見た目の印象がとても強いのだけれど、お芝居がさらりと風に乗っていくようで、本当に凄いという意味で周りに馴染んで溶け込んでいた。それなのにお芝居の印象が残るのは実力がある役者さんだからだなと思う。

大窪さんみたいな役者さんをたまに見かけるんだけど、何食べたらあんなお芝居できるんだろうっていつも思う。ライブでのパフォーマンスが最高にロックだったし、彼はあの瞬間、何を思って死んでいったのだろうと思わずにはいられない。

本当に観られて良かった作品だった。舞台美術も好きだったし、音のつくる雰囲気、照明の冷たくも優しい雰囲気も素敵だった。

客席に座ったとき、前から2列目だったので、もう少し後ろの方が良かったかな、と思ったけれど、終わってみるとこの近さで観られてとても良かった。全体を観る後ろ側の席と前の席では印象が違うかもしれないなと思った。ぜひこれから観に行かれる方、あの時間を体験してください。




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