リトルロックはあっちです。
「リトルロックはあっちです」そう云って
僕はここに立っている
乾いた荒野の道路標識
いつまでも・・・
「リトルロックはあっちです」そう云うと
人々の疲れた顔に小さな笑みがチカリと瞬く 心に安堵の泉が広がる
「ホッホッホ~、このままアラスカまでドライブしたい気分じゃよ~?」
「ダーリン、あともう少しよ」
人々は希望を胸にアクセルを踏む そしてみるみる彼方に消える
夜になると満天の星々と僕だけの世界 甘い静寂・・・
やがて星が溶けはじめる ひたひた ひたひた・・・ 胸を満たす
「リトルロックはあっちです」精一杯僕がそう云うと
星々は頷いて チカチカ チカリ・・・ チカチカ チカリ・・・
それぞれの色と形と大きさで 微笑みを返してくれる
千差万別の震える鈴音が チカチカ チカリ・・・ チカチカ チカリ・・・
それは交響曲「宇宙遊泳」 やがて華麗なる大円舞
僕らは夜通しワルツを踊る
星はめぐる
僕は動かない
人々は走り去る
僕はここに立っている
ある晴れた日 はるか遠くに赤いオープンカーが見えてきた
にぎやかなDJと流行りの音楽と 若い家族が乗っていた
後部座席に不貞腐れたまま沈んでいる小さな男の子と すれ違いざま目が合った
その瞬間・・・
彼のバックヤード 水たまり 三輪車 仔犬 好きな少女 昨日のケンカ
憤怒 涙 マンガ 目玉焼き セロリ お母さんの頬とおくれ毛 化粧の匂い 電話の音
お父さんの作業服の背中 固い手の平 機械油の匂い・・・ などの断片が
僕の鉄の表面に 鏡のように映って流れ
音や匂いや感情が 粒子と粒子の隙間を巡って僕を呑み込んだ・・・
一瞬だった
一瞬で彼は 自分が生まれてからの五年間を
自分という「存在の震え」 を
僕に伝えて去って行った エンジン音に霞む赤い車に乗っかって・・・
僕は?
僕は彼に なにを伝えた・・・ あ、
*
僕はここに立っている
「リトルロックはあっちです」