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ある仕事2 ポートレート

  仕事場に着いてドアを開ける。昔の暴走族が乗っていたオートバイのウインカーのように、もの凄い速さで留守番電話の留守ボタンが点滅している。電話をかけてきそうな人物の心当たりはない。というのもセールス以外で僕に電話してくるような人はいないからだ。 ボタンを押してみると「電話」からのメッセージが入っていた。
 「おまえキモいなー」
 ずっと電話の存在を無視していたので怒っているのだ。

 そんなところに仕事の依頼が来た。もちろん電話ではなく、メールでだ。
 この世には犬を専門に扱う雑誌がある。ペットとしてのいろいろな犬種全般の記事を掲載している雑誌もあれば、ひとつの犬種に絞って深く追求している雑誌もある。
 今回の依頼、前者のタイプだったか後者だったか、今となっては記憶は定かではないが、ある柴犬の特集に関しての仕事であった。その柴犬は愛嬌のある典型的な赤柴で、ネットで人気の有名なタレント犬であった。名前は忘れた。仮にタロウという名前だったことにしておこう。
 特集記事にこのタロウのポートレートを描いてほしいという。〆切までの時間は二日しか無く、かなり急ぎの仕事だった。
 自分自身が柴犬を飼っていることもあって、モチーフとしては得意なほうである。普段通りに落ち着いて描けば問題なくこなせるはずだ。急ぎの仕事というのは結果が出るのも早いので、たまには悪くない。引き受けることにした。
 編集者は、描いて欲しいタロウの写真をメールしてくれるという。確かに資料は大事である。自分でも「タロウ」「柴犬」というキーワードで画像検索をしてみた。
 有名犬だけに、すぐにタロウの画像がいくつもヒットした。なるほど、この犬か。
 柴犬にはたぬき顔とキツネ顔がいて、要するに丸っこい顔か細面の顔かということであるが、タロウはあきらかにたぬき顔であった。ちなみにうちの犬はキツネ顔だ。
 いくつかの写真をダウンロードし、それらを参考にしながら似顔絵に取り組むような気持ちで、早速タロウを描き始めた。赤柴を描くときのポイントは赤茶色い毛の部分と白い毛の部分の形をよく見て、その境界線をうまくデザインすることだ。
 飼い主が見てもタロウっぽいと思ってもらえるのではないか、という程度の絵は描けたと思う。
 データを編集者に送信した。
 「かわいいですね!素晴らしい」というお褒めの言葉をいただいた。無事に仕事を完遂できたようだ。

 しばらくして見本誌が送られてきた。一ページの半分くらいの大きさだろうか、タロウの特集記事に僕が描いたタロウの絵が載っていた。
 この雑誌にはオンライン版があり、基本的には有料だが、部分的に無料で読めるようになっていた。僕の絵はオンライン版にも使用されるという条件だったので、特集のところを見て自分の絵を探した。
 しかし、なぜか見つからなかったのである。代わりに紙の雑誌のほうには載っていなかったタロウのポートレート写真が掲載されていた。そして記事の最後に、「オンライン版の最初のバージョンに掲載されていたのは、同名の別の柴犬のイラストでした」という一文が書かれてあった。
 最初のバージョン?どういうことだろうか。
 いろいろと調べてみるうちにあることが判明した。まず、紙の雑誌には僕が描いたタロウのイラストが掲載されている。そして、オンライン版でも最初は同じイラストが使われていたが、後に写真と差し替えられたということだ。
 なぜか。それは、驚いたことに、タロウという名前の有名タレント柴犬がもう一匹存在したのである。つまり僕は本来描くべきタロウではなく、もう一方のタロウを描いてしまったのだ。
 いやいや、いくら描く犬を間違えたといっても柴犬には違いない。写真であればまた話は別としても、イラストではどちらのタロウが載っていようと読者が気づくとは思えない。それにどちらもたぬき顔のほうだ。どちらにも特に際立った特徴があったわけではないし、問題ないはずだ。

 そう、こんなことが問題でオンライン版だけイラストが写真に差し替えられるはずはないのである。これまで書いてきたことは全部嘘だ。架空の話。ただし、柴犬の部分だけが。
 実際に引き受けたのは、ある非常にメジャーな雑誌の仕事で、依頼されたのは柴犬ではなく人間だった。つまり、人物のポートレートを描く仕事で、同姓同名で同じ職業の人物がもう一人存在したため、本来描くべきでないほうの人を描いてしまったのだ。〆切までの時間が短かったこともあってか、編集部は雑誌が出るまで間違いに気が付かなかったと思われる。

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木内達朗🐶イラストレーター
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