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毒親からの自立とは①

1.はじめに

私が生きづらさを抱え始めたのはいつだっけ。
それでもがんばってがんばって生きてきた。
そんな私も44歳になり今だいぶ軽くなりました。
もし親との関係に苦しい方がこの記事を読んでいるのであれば読み終わったあとには、少し心が軽くなるといいな。
そんな風に思いこれを書きました。

2.自己紹介


私は姉妹の妹で、昭和漫画”あさりちゃん”に出てくる秀才の姉と運動神経は抜群の単細胞の妹。によく似ていました。私は運動は鈍かったのですが音楽の才はあり、それだけが支えで生きていました。将来の夢はエレクトーンの先生か歌手でした。


3.家庭の状況


ところで毒親と一口に言ってもいろんな種類=依存がありますよね。
うちの場合は新興宗教の毒です。両親共に、ある新興宗教団体に所属し熱心に活動していました。

信仰が悪い訳ではないのですが、新興宗教はビジネスの側面を持っています。
・布教活動のため家族の時間を奪われる。
・高額のお布施をし家計に影響が大きくなる。
・人間関係が複雑になる。
これが毒となることがあります。

そして布教活動のために地域組織をつくり様々な活動を行っていたので、母は夜もほぼ毎日会合に出かけました。
小さいころはお風呂が一緒に入れない。
(母は服をまくりあげてお風呂には入れてくれた)
夜ご飯を一緒に食べられないなど、常にバタバタしていました。
「お母さんは世のため人のためにがんばっているからね」
と言われると寂しかったけど甘えられなかったです。

私はあさりちゃんで自由奔放、落ち着きもないでしたので、母は不安に思い、あれやこれやと指示をだすようになりました。過干渉です。
私の自己肯定感はどんどん下がっていき幼少期の明るさや輝きを失いました。
小学校3年生から片頭痛が起こるようになり、特に光やにおいに反応するようになりました。また肩こりもあり肩はゴリゴリに。
母的には、”この子を普通の子にしなきゃ”という気持ちが強かったのでしょう。
今、自分が母となり、子供の将来を案ずる気持ちは少しだけわかるようになりましたが、当時は辛かったです。


4.父のこと


父も熱心な信者でした。24時間戦えますかのサラリーマン。
残業が多く帰ってきません。土日は活動に。
高校の頃は東京へ単身赴任していて不在。
ただ、私にとって父のほうが接しやすかったのは事実でした。
父は世間の常識は失わず、まともなことを言っていました。
盲目的に祈れば叶うなどとは口にせず、努力や感謝することも父が教えてくれました。
困ったときも、手紙をもらったり励ましてもらった記憶があります。


5.思春期を迎え 深まる母との溝
 

中学生になり思春期も加わって会話も減り母とは更に溝が深まっていきました。
私の甘えたい気持ちは行き場がなくなりました。
心は子供のまま、周りの友達はどんどん大人になっていく。
焦りつつも、どうにこうにか勉強について行き、
友達関係もなんとかしなきゃ。と必死でした。
息の詰まる日々で更に肩こりや緊張がひどくなり、片頭痛が頻繁に出るようになりました。
大きな病院で検査もしましたが、まだ頭痛外来も癒し所など無い時代。
脳の病気でないことがわかると、
母は”自分でなんとかしなさい”の一点張り。
インターネットもなく情報もないのにどうすりゃいいのさ。鎮痛剤で痛みを逃す日々が始まりました。頭痛は痛みが見えないため他人からはわかりずらく、辛いものです。
しかし、鎮痛剤で痛みが治まるとけろっとしているので、母からは怠けているのではないかという非難の的となりました。
このころから自律神経は乱れまくりだったのでしょう。物の見方も歪んでしまい、自分には本当の友達がいない。私は何をやっても上手くいかない。とか思うようになりました。
そして、私はなぜこのような体質なのかという生きづらさを抱えていました。
宗教は幸せになれるはずなのになぁ。
という思いもありました。
実は体質ではなく、体は「頑張るのをやめろ」という信号を出しているのに、気づきませんでした。
それどころか更に頑張り、商業高校を主席で卒業し大企業に就職しました。
どんなに非難されても体調が悪くても親を失望させたくなかったのです。
でも、社会人はスタートラインでありゴールではありません。
片頭痛もある中、必死に仕事を覚えました。
優しい先輩が多くおおらかな職場でしたのでなんとか社会人として生きていくことができました。

今思えば、甘えたいという気持ちが未消化のまま、大きくなり認められたいと気持ちになって頑張らなきゃ!という心に変化して行ったのかなと思います。

一つの記事にするには長かった為、②へ続きます。

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かのえみ(旧みよまい)
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