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【愚か者の日】(81年西独)鬼才!ヴェルナー・シュレーター監督の衝撃作!

(81年西独)
監督 ヴェルナー・シュレーター
主演 キャロル・ブーケ

女性だけの精神病院を舞台に、裕福な家庭に生まれ不自由なく生活しながら、心は深い闇に閉ざされている一人の女性を通して、人間の狂気の奥に潜むものを描きだした衝撃的な作品。
主演は「007/ユア・アイズ・オンリー」のボンドガールの他、「美しすぎて」のキャロル・ブーケ。まさに一糸纏わぬ姿で狂気ともとれる体当たりの演技で熱演。それまでにない言わば汚れ役でありながら、一層輝きを増した美貌に、ただただ圧倒された。
ニュー・ジャーマン・シネマの鬼才ヴェルナー・・シュレーター監督によりカンヌ映画祭を騒然とさせた文字通りの問題作。

入院患者たちが精神病院で展開する様々な行動を通し、人間の内面というものを究極的に追及し可視化させた。
歯止めのない感情の世界を「精神病院」に置き換え 不条理かつ非現実的であり、解決の糸口も見えない有意識と無意識、阿頼耶識、死などを混沌と連想させる。
ここまでグロテスクでもあり、美しい人間究極の世界を描いた作品を見た事がない。それほどに刺激的であり哲学的でシュールな世界の映像に理解が追い付かない。

自由に生きるという事は、如何に自分を社会の枠にはめ込むことが出来るかって事であって、その枠が無い自由なんてありえない。
その枠は人間社会があってその管理と秩序を守るために必要とされるが、そこから抜け出す事は難しい・・・
その枠の無い人たちは「精神病院」という不自由な枠にいる。自由って何だ? 結局、自由であるという事は何らかの柵(しがらみ)の中での自由であって、外敵に襲われないだけ、籠の中の鳥のほうがお気楽で自由なのかも知れない。
また、「普通」や、「正常」であることの基準。
この映画を観ていると患者を見下し、手荒く扱う看護師たちの方がよほど常軌を逸しているのだが・・。
善悪の境界って・・立場や状況によっては、その善と悪の立場は反転することもある。何が正しくて何が悪いのかの基準も、その立ち位置、その場でしか分からない独特の「空気」にもよる。
その時は正義であった行為も、過ぎてしまえば愚かしい行為ともなりうるのである。

現実には、法律を超えた世界観に於いて「自由」や「普通、通常」などの社会の「枠」は見えない。
 その枠を飛び越える者が現れて 初めて自分が「普通」とか「道徳、倫理」といった「枠」にがんじがらめになっている事に気づくだろう。
その枠は日々狭くなって行くことはあっても 広がることなんて滅多にない。見ようとしない者には絶対に見えないのも厄介だが、だんだん息苦しくなって来る感覚は有るのだろう。

気付いた者がいくら声を上げても届かない。そもそも正解か否かの判断もつかない。そして歴史は繰り返す・・。所詮 人間は愚かな生き物だ・・。

そういう私がいちばんの 愚か者なんでね…(^_^;)

いちよう海外版DVDでも観たのだが ヴェルナー・シュレーター監督作品「ウィロー・スプリングス」「愚か者の日」の2本組だった。  これは嬉しい

#Willowsprings(1973)  #TagderIdioten(1981)


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