「廃墟ホテル」 ショート実話怪談
はじめに
これは私(Kitsune-Kaidan)が地元のある温泉ホテルに泊まった時のショート怪談です。あの時の私は、過去の記憶がまるでスッポリと抜け落ちてしまったかのような状態でその不気味なホテルに宿泊しました。
夜に起こった身の毛もよだつ怖い体験をきっかけに、そのホテルの場所にまつわる過去の記憶が突然フラッシュバックしました。まさか時を経て同じ場所で2度も怖い体験をするとは思ってもいませんでした。実はそのホテルがあった場所は地元ではかなり有名な心霊スポットで、幽霊の噂が絶えない過去を持つ所でした。
あの日、なぜ私が再びあの場所へと呼び出されたのか…。偶然ではない気がしてなりません。多少のフェイクをいれていますが、故郷を思い出す正真正銘私の実話怪談です。
それでは、不気味な世界へとつながる扉をお開けください。どうぞお気をつけて、行ってらっしゃいませ。
ホテル予約
「温泉につかりたい!」
友人が突然そう言い出した。
私は温泉自体は好きな方だ。ところが、その時の私はなぜかあまり乗り気ではなかったので適当に相槌打ってしまった。たいていのことは私が準備するのが常だったので、飽きっぽい友人はすぐにホテル探しや段取りに飽きてしまい話が流れるだろうと高をくくっていた。
「予約したよ」
数週間後、友人が笑顔でそう言った。
(マジか…)
私は顔にこそ出さなかったが、面倒臭さでいっぱいだった。当日仕事が遅番の友人が終わり次第家に迎えにくるとのことだった。夜に温泉ホテルに行くこともまったく気乗りがしなかった。すでに予約してしまっていたことと、適当とは言え承諾してしまったのは自分の責任なので、私は仕方なく準備をして出発を待った。
いざ温泉ホテルの近所に着くと、私は妙な感覚に陥っていた。その土地の有名な温泉街といえば海から少し離れた場所にあり、車を走らせる方向がまったく違ったからだ。友人は地方出身なのでこの辺りに土地勘がない。海辺を走る友人の顔が少しずつ曇ってきた。
「迷ったかも」
携帯の画面を見つめながら友人があれこれ言っている。私はすでに日が暮れて薄暗い海辺の道に何か目印がないかどうか、窓の外を見た。すると、その辺りでは有名な水族館の看板が目に飛び込んできた。自分たちが今どの辺りを走っているか察知した。水族館が近いこの海辺は昼は観光客や家族連れ、恋人たちで賑わう。当然私も何度か訪れたことがあるが、日が暮れた後の様子を見たことがなかったので、闇に包まれたあたり一面を見て少し不安を感じた。
水族館に続く道とは違う方向へと入り組んだ道路を登っていくと、やっと温泉ホテルの明かりが見えてきた。駐車場の職員がこちらに向かって合図しているのが見えた。
(こんなところにポツンと温泉ホテルがあるなんて)
と、心の中で思ったその時の私はある過去の記憶をすっかり忘れていた。
露天風呂付き客室
日がすっかり暮れてしまったため、ホテルの外観はほとんど見えなかった。ホテルの内装やインテリアは新しく、露天風呂付きの客室も広々として清潔だった。ところが、不気味な雰囲気が漂っていて、ホテル中の空気がよどんでいる感じがした。どんよりとして重たい。痩せ型で無口な客室案内係の男性とは特に世間話が盛り上がらないまま部屋に着いた。その人は荷物を部屋に置いて逃げるように出ていってしまった。
夜も遅かったので、早速露天風呂に入ることにした。風呂場の電気は薄暗く、さらに嫌な雰囲気だった。私は冷えた体を早速お湯に浸かって温めていた。大きな窓から見える外の景色は真っ暗で特に何も見えなかった。なんとも言えない気持ちの悪い感覚がずっと頭の中に浮かんでいた。
風呂に浸かる間、真っ暗な外の景色を眺める気分にもなれずなんとなく宙を見つめていた。そのとき、ゾーッとする気配と共に鳥肌がたった。
(やっぱり、窓だ)
確かめたくない気持ちのまま引っ張られるように大きな暗い窓に目をやった。
(顔だ)
そこには人の顔らしきものが浮かんでいた。鋭い目つきの中に憎悪をたっぷりと含んだ恐ろしい感情がそこにあった。
温泉が大好きなはずの自分がまったく楽しい気分になれず、通常であれば何度も入るお風呂を一度で十分だと思ってしまった。友人にそれとなく伝えたが、まったく気にしていないようだった。
首を絞める男
お風呂から逃げるようにして部屋へと戻った。ひとまずソファーに座り、部屋を改めて見渡した。至って普通のホテルのインテリアなのに、ものすごく冷たく殺風景な印象だった。なんともおかしな家具の配置で、入り口のすぐ横にベッドが2台並んでいる。
(落ち着いて寝られないだろう)という感が働いた。
部屋の真ん中にあるソファーの向かいには大きなテレビが設置してある。何も映っていない真っ黒なテレビ画面を見ていると、吸い込まれるような感覚に襲われた。ちなみにテレビ台の横には露天風呂へと通じるドアがある。
次の瞬間、左手奥のバルコニーから嫌な視線を感じた。さっきの露天風呂の窓で見た憎悪の視線とは少し違うように感じたが、こちらも負けず劣らず嫌な気配だった。外を見ないように目線を落として急いでカーテンを閉めた。
友人はまったく気にしない様子で露天風呂に入っている。呑気な鼻歌が聞こえてくる。旅館やホテルでこんなにもホッとしないのはかなり珍しい。角部屋なのに背後の壁からも視線を感じたり物音が聞こえるため、落ち着かない。いったい何人分の視線を感じているのだろう。かなり大人数に感じた。お風呂から上がった友人はせっかく温泉に来ているにも関わらず、忙しそうに誰かと電話をしていた。
すっかり夜も更け、私は眠たくもないが早く寝てしまいたい気持ちに襲われた。長電話を終えた友人と特に会話が盛り上がることもなかった。お酒に酔った様子の友人は早々に廊下側のベッドに横になり、布団にも入らずに大きなイビキをかいて寝てしまった。
私はテレビを見る気にもなれず、壁側のベッドの中に入った。壁側、廊下側、露天風呂の方、バルコニーの窓からは相変わらず複数の視線を感じ続けた。部屋の電気をすべて消したが、気持ちが悪いので1つだけ小さなランプをつけたままにしておいた。
どのくらい経っただろう。私は苦しくて目が覚めた。
誰かが私の上に乗っかり、思いっきり首を絞めている。
ハッキリと意識があった。重たい。苦しい。動けない。
私の首を絞めているのは男性だ。ランプの灯りに照らされて顔が見えた。まるで本物の人間が私に乗って首を絞めているように感じたが、すぐに人ではないことがわかった。さっきの露天風呂の窓に見えた憎悪の視線に近い。男性は浴衣や着物のような羽織ものを着ているようだ。中年の男の激しい息遣いを感じる。かなり長い時間に感じられた。
隣で寝ている友人に助けを求めようと少し目線を右に向けたが、相変わらず大きなイビキをかいて寝ている。男の両手は私の首を相変わらず強く絞めて続けた。何をそんなに恨むことがあるのだろうか。苦しくて動けずにもがいていると、ついに声が出た。
「うー、あー」
言葉にならない声でなんとか叫んだ。友人が気がついた様子で一瞬イビキが止まったが、また大きなイビキと共に寝息が聞こえてきた。
シーンとした部屋の中に冷蔵庫の音が響いている。やっと首締めから解放された。首を絞めていた男の姿はもう見当たらなかったが、確実にそこにいた残り香のような気配だけがあった。
私は恐怖というよりも、首の痛さに対する怒りの感情がわいた。幽霊があんなに強く首を絞めるものなのだろうか。いったい私になんの恨みがあるというのか。思いっきり心の中で文句を言った。すると、ついさっきまでそこにあった男の気配がスッと消えた。
よみがえった記憶
釈然としないまま眠りについた私は結局熟睡できなかった。数時間だけ仮眠したような感覚だった。翌朝、腑におちないままの私は一刻も早くこの不気味なホテルを撤退したい気持ちでいっぱいだった。友人は朝風呂を楽しんでいたが、私はそんな気分にはなれなかった。
支度を済ませ、やっと外に出た。
(あっ…)
昨日到着した時は暗すぎで見えなかったホテルの全貌が見えた。ホテルを見上げながら一気に頭の中でフラッシュバックが起こった。
フラッシュバック
******
ボロボロの廃墟と化した建物の記憶が頭の中に鮮明によみがえった。数年前、高校時代のクラスメートがある心霊スポットに行きたいと提案してきた。私は普段から霊が見えるので心霊スポットにわざわざ出向く人の気持ちがあまり理解できない。盛り上がる元クラスメートのテンションについていくことはできなかったが、霊感があることを伝えていなかったため断ることもできずにしぶしぶ付き合うことになった。
心霊スポットとして有名なその廃墟は、断崖絶壁に建つ海辺のホテルの横にある今にも崩れ落ちそうな建物だった。営業中のホテルの方は比較的現代的な建物で、その横に立つボロボロの建物が異様な雰囲気を醸し出していた。元クラスメートは噂のスポットにやってきたことが嬉しくてたまらないのか、好奇心をむき出しにした顔つきで建物の中に入ろうと誘ってきた。
私はもちろん拒否した。外からでもただならぬ雰囲気があふれかえっているその廃墟に入る気持ちには到底なれなかった。廃墟だけではなく、隣に建つホテルも含めてその土地一帯が気持ち悪かった。ところが、早く帰りたい思いに駆られた私は、少しだけ付き合うことにした。
廃墟に足を踏み入れた瞬間、すぐに後悔した。建物内には死臭のような不思議な匂いが立ち込め、破損した窓から太陽の光が注いでいるにも関わらず真っ暗だった。元クラスメートはどんどん室内に進んでいき、噂の真相を確かめようとしていた。その廃墟は古いホテルだという人もいれば、病院施設だったのではないかという噂もあったのだ。室内にはベッドや机などの家具が破損した状態で転がっていて、足の踏み場もなかった。
元クラスメートには最後まで伝えなかったが、自分たちの立っている部屋の下から、地獄の底から呼ばれているようなすざましいエネルギーを感じていた。そして、地下にはなぜか水場があるのではないかと思った。
(決して足を踏み入れてはならない)
私の脳裏にそんな言葉がよぎった。地下から伝わってくるこの世のものとは思えない恐ろしい渦のようなものが少しずつこちらに迫ってくるような感覚を覚えた。お化けというよりは、ドス黒い塊のようなものだった。
「下に行ってみよう」
案の定、元クラスメートが提案してきた。何かにとり憑かれたような黒くてまんまるい目をしているのが印象的だった。気味が悪かった。私はそろそろ限界を迎えていたので、半分イライラした感情を出しながら答えた。
「絶対に行かない」
そう答えた私を無視するかのように、元クラスメートはしつこく誘ってきた。
「ひとりで行きなよ」
頭痛と吐き気がしてきた私は、そう言い残して壊れた窓から外に出た。そこは屋上のようになっていた。
カー、カー、カー
カラスが目の前に飛んできて、私に向かって鳴いた。カラスに助けられたと思い、ハッとした。カラスは警告に来てくれたのだと思う。
次の瞬間、元クラスメートが血相を変えて壊れた窓から飛び出してきた。
「やっぱりひとりじゃ… ギャーッ」
目の前のカラスに驚いて叫んでいた。私はカラスは警告に来てくれただけだと伝えようとしてやめた。そんなことを言っても通用するような相手ではなさそうだと思ったからだ。
******
すっかり記憶の片隅に追いやられていたその過去の記憶が鮮明によみがえってきた。そして、今私が立っているこの場所は、あの廃墟のあった場所だということに、その時初めて気がついた。
おわりに
この怪談は、時を越えて2つの怪奇体験が私の記憶の中で一致した話です。今回この怪談を書くにあたって、初めてその心霊スポットについて調べてみました。私が訪れた温泉ホテルは現在も通常営業しているようです。ところが旧建物、つまり私が過去に訪れた廃墟と隣に建っていたホテルは両方とも解体されて現在の温泉ホテルとして新たに建て替えられたものであることがわかりました。
現在でもその場所は廃墟跡地の心霊スポットとして名高いようです。気味の悪いことに「男性の霊が出る」ことで有名なようです。私の首を絞めた霊も男性でした。なんと驚くことに、廃墟がとり壊される前の当時の心霊の噂もまだ残っていて「旧館の地下の大浴場で自殺者が多数いて、心霊目撃談が多発していた」そうです。やはり、私が地下から感じた水場の雰囲気と、「決して下に行ってはならない」という感覚はあっていたのだと実感します。
さらに、現在の温泉ホテル(私が霊に首を絞められた建物)でも多数の心霊目撃談が後をたたないとの情報もありました。黒いオーブや白い影、壁の方から聞こえてくる男性の呻き声やガタガタという物音などの心霊現象があるそうで、これも私が感じたものと一致します。首を絞められたあの部屋の位置が、旧廃墟ビルの地下の大浴場の位置と同じでないことを願います。ただ、自分の部屋が何階だったのかはどうしても思い出せません。
これらの心霊現象は実際の証拠はなく、目撃談情報として語り継がれているものに過ぎません。しかし、自分も体験したことが他の方も同じように体験されたという細かい情報が多数あるということに納得させられます。
これは私の見解ですが、美しい景色の自然の中に佇むそのホテルは、時を経て建物が変わってもやはり人々を魅了する何かを持っているのだと思います。ところが、その土地に染みついた悲しい歴史やもともとの土地の持つエネルギーがさまざまな霊の集合体のようなものを惹きつけ水場にたまり、今もなおそこで蠢いているような気がしています。悲しみ、妬み、恨み、苦しみなどが複雑に絡み合って黒い渦のような重たい塊になってしまったのではないでしょうか。
私はカラスには常に助けられています。あの時もカラスの鳴き声が頭の中に響き渡り、我に返ることができました。恩人ならぬ恩鳥です。嫌だとわかっているのに断れず、勢いに押し切られる形でそのような場所に出向いても決していいことはありません。自分の直感を信じて強く断る勇気も必要だと肝に銘じています。みなさんも有名な心霊スポットにはくれぐれもお気をつけください。
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Kitsune-Kaidan
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こちらのシリーズその1からその4(完)までございます。ぜひお読みください。