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「日本が世界に誇れない2」


―中尾
先週、「世界に誇れないこと10選」についてお話したのですが、今日も続けてよいですか?

―澁澤
「誇れないこと」が良いのですね(苦笑)

―中尾
澁澤さんは農学博士ですよね。農薬の使用量が世界一とか、食品添加物が世界一とか、遺伝子組み換えが世界一とか、その辺を農学博士はどうご覧になるのでしょうか?

―澁澤
まずは、農薬の使用量からいきましょうか。
日本人の消費者がそういうものを望むからなんです。

―中尾
きれいなもの…ということですね?

―澁澤
きれいなもの、形がそろったもの、虫が喰っていないもの、病気にかかっていないもの…
八百屋に行っても、同じ形をしたきゅうりがずらっと並んでいるわけですよ。それはね、日本人の美意識かもしれないのです。良い部分でね、列車に並ぶとか言うことがありましたよね。きちんと列を作って並ばないとなんとなく収まりがつかない。それはルールを守っているということもあるのですが、やはりきれいに並びますよね。それと同じように、野菜も曲がったキュウリがなかなか買ってもらえないんですよね。

―中尾
最近でこそ、だいぶ出始めましたけどね。でも本来はそういうものではないのですよね。

―澁澤
だから、一つは消費者の問題。生産者側も箱に詰めて出荷だとか、そういう出荷形態にすると、同じ形のものの方が何個入ったかすぐにわかりますから、それはありがたいということもあります。本来自然界のものにはまっすぐなものなんてないのです。自然界に直線なんてありませんからね。それを望んでいるということですよね。また、それに応えようとしているということです。

―中尾
ということは、日本以外の国は、別にまっすぐでなくても良いのですね?

―澁澤
何グラムのきゅうり、何グラムのナスがあれば良いのです。
もう一つは、自分が農業をするというか作物を作っているとよくわかるのですが、種をまいて育てるのですよ、別にすぐにナスやキュウリができるわけではなくて、子供を育てていくのと同じような感覚なんです。農業って。

―中尾
それは良く聞きますね。

―澁澤
そうするとね、日本の場合、国土がそんなに広くない、特に平地は広くないので、そこで集約的に同じものを作ろうとすると、当然病気にかかる子が出たり、他の子と違って生育が遅れたりする子が出てきます。そうすると、真っ当に育ててやりたいなという気持ちが出てくるのですよ。ちょっと病気になったら農薬をやる、あるいは虫に食われたらかわいそうだなと思ったら、普通より倍農薬をやってしまうのですよ。

―中尾
人間と同じですね。今の澁澤さんのお話、人間のことのように聞こえてしまいました。

―澁澤
これがね、一つが何十ヘクタールと広くて、全部小麦です、全部大豆ですという農法のところだったら一個一個の植物体がどうなっているかなんてあんまり気にしないんですけど、目の前に見ているこの畝の何本かのナスがちゃんと育ってほしいと思うし、一本だけ生育が遅れていたら肥料をやりたくなるんですよ。

―中尾
ちょっとの湿疹でもすぐに治したくてステロイドを塗るのと同じですね?

―澁澤
そうです。全くその通りです。要するに日本人独特の感覚がそれを導いているともいえるのです。

―中尾
なるほど。

―澁澤
だから、マーケットのせいにもできないし、消費者のせいにもできないし、生産者のせいにもできない。ある意味ではとっても日本人らしい話ですね。

―中尾
そうなんですね。

―澁澤
遺伝子組み換えも、それからいうと、やはりそっちの方かもしれません。
ただ、遺伝子組み換えが盛んに行われているのは、逆にマスでたくさんどれだけ採れるかという農法をやっているもの。大豆であるとか、トウモロコシであるとか、主にそういうものはアメリカで作られているのですが、日本は輸入する穀物が圧倒的に多いですし、大豆だとかトウモロコシだとか小麦なんて言うのは、ほぼ輸入品です。最近ではコールドチェーンが発達して野菜も海外から買うようになりました。
遺伝子組み換えというのは、一番恐れなければいけないのは、今までの自然界にないものを体内に入れることで、その結果が出るのが、10年後かもしれないし、100年後かもしれない。今のいろんな農作物も、ずーっと遺伝子組み換えをされているのですが、それがどこでされているかというと、自然界の中でなのです。自然の中では受粉で次の子孫を作っていく。絶えずそこでは遺伝子組み換えが行われているのですが、変な奴が出てきたら、そこでは生き残れないという形で、地球の全体のバランスというか、地域の生態系のバランスを保っていますから、突拍子もないものは生まれてこないのです。ところが人間の世界は、自然のバランスを考えないで、人間の使う部分だけのことをみますから、むしろ突拍子もないものだけをつくったりするわけです。自然界にないものを今食べている。それは私たちの欲求。まさにマーケットの欲求でそれを食べているのですが、結局そういうことになった時に、人間は自然界の一部ですから、人間の中の生態系のバランスが崩れるかもしれないし、もちろん、崩れないかもしれない。

―中尾
どうしてそんな新しいものばかり作りたがるのですか?

―澁澤
売れるからです。

―中尾
新しいものが売れるのですか?新し物好きということですか?

―澁澤
はい。
要するに、みんなが持っているモノでは売れないのですよ。

―中尾
他人と違うものが欲しいということ?

―澁澤
他人と違うもの、しかも作り方がわからないものにはじめて価値ができる。
それは資本主義の原理なのです。例えば、僕の子供の頃は、自動車は全部分解して組み立てることができました。だけど、今街を走っている車は分解したら絶対に組み立てられないです。コンピューター制御です。どこでどうなっているかわからない。そうなると、自分たちで自動車を作ろうという人はいないし、自動車メーカーは、なるべく消費者に分からせないようにするわけですよ。
そこに初めて価値ができていって、高く売れるという仕組みです。
極端に言うと、資本主義の内包する、制度矛盾がそのまま、商品と言う形になっているということが言えるのかもしれません。

―中尾
農薬をたくさん使うとか、遺伝子の組み換えというのは、新しいものを作るための技術的なものだということはわかりますが、からだに影響があるかというとずっと先にならないとわからないわけですよね。それは二の次ということですか?

―澁澤
明日わかるかもしれないし、10日後にわかるかもしれないし、10年先かもしれない。わからないことだからです。

―中尾
一概に間違っていることは言えないということですね。

―澁澤
そして、フードロスの問題は、人間の社会の問題でしょうね。今だけ、自分だけ…といってできてきたことです。
海外に行くと、いろんな表示がしてあります。特にヨーロッパの食べ物はチェルノブイリがありましたから、セシウムがどのくらい入っていますという表示があります。表示があってもそれを判断するのは消費者側です。日本の消費者の場合は、どちらかというと、もしも問題が起きた場合に、なんでそんな物を売ったんだといって、生産者側を責めるのです。そういう形で、消費者が良いものを求めるようになった。
それだけ贅沢な国になったのです。消費者が選べるということです。
スーパーの棚に食品が毎日あれだけの量とあれだけの種類が並んでいるということが世界から見たらどれだけ異常なことか。

―中尾
平成17年ですけど、年間2000万トン、1秒間におにぎり8600個が捨てられているそうです。凄過ぎます。これを知ってなんとも思わないのは人間としてダメです。

―澁澤
一方で10億人以上の子供が地球上で食べられなくておなかをすかしているわけです。

―中尾
なんでそんなことが起こるのでしょうか。

―澁澤
自足というのは、一番難しい言葉ですよね。

―中尾
足るを知るということですね?

―澁澤
そうですね。
自給自足と言いますけど、「自給」と「自足」は全然違う言葉で、自給は頑張ればできるんですよ。自足だけは全く人間の本能ですね。自然界の動物を見ているとみんな自足するのですが、人間だけは自足ができないのです。

―中尾
「しょうがない」ももうだめですよね。
結局消費者が求めるから、それに合わせて、生産者がつくってしまうのでしょうね。どっちが先かわからないですけど。

―澁澤
しょうがないはダメです。「お客様は神様です」というのは、それこそ高度経済成長の時代の論理であって、企業も消費者もこれから自分たちの子供の世界にどういうものを残せるのかを考えられる…そういう企業しか生き残れなくなると思います。日本の企業の多くはまだ、「お客様の望むものをちゃんと作ることが私たちの企業の使命です」と堂々とおっしゃる企業が圧倒的に多いのですが、それでは消費者の欲望だけが暴走して、持続可能な未来社会はできません。

―中尾
だめですよね。全部が変わらなきゃダメということですよね。今、
一回全部みんな見直せるとよいですね。

―澁澤
だけど、全部を見直すというのは宗教的なことなのかもしれません。
宗教とまでいかなくても、哲学的な人間がもつべき道徳なのか、倫理なのか、本当は一番見直されなければいけない。それに合わせたシステムを考え、それに合わせた生産を考え…ということをしないと、人間の世界は持続的には続かない。
持続的にというと変な言葉になりますけど、それは私たちのためではなく、子供たちのために、次の世代のために何を残せるかということを、責任をもって私たち一人一人が考えないといけないと思います。


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