ひとつの理想のかたち
―中尾
東京に帰ってきました。石徹白良かったですね。
今まで見たこともない日本の原風景をじっくり味わった感じです。
―澁澤
夢のようでしょ?
郡上八幡の先に白鳥という駅があって、そこからつづれ折りの坂をね、ずーっと車まで登って行って、この上に人なんて住んでいないと思うようなところですよね。急に視界がバッと広がって。
―中尾
かなり高いところですよね。
―澁澤
そうですね。
映画「君の名は」のモデルになったのではないかといわれているところですよね。
本当に山の頂に聖地が開けて、そして素敵な神社があって。
―中尾
私は全国で、一ノ宮を100か所近く回りましたけど、一番好きかもしれません。
―澁澤
一番好きというのは言わない方が良いかもしれません(笑)
―中尾
そうですね。良く言いますからね(笑)
でも、かなり好きです。
―澁澤
きれいな神社でしたね。厳かで。
―中尾
人の手で作りこまれた美しさのある神社はたくさんあるんですけど、自然な形でかなり古い時代にどなたか設計された方がいて、階段の作りだとか川を渡る橋だとか、すべてのデザインというのかな、自然を活かして、山や川を活かした作りになっていて、苔むした感じがとても良くて、すごく素敵でした。
―澁澤
それぞれの木がね、どう見ても500年以上たった杉の巨木を中心とした木に包まれていて、尚且つ光は指していて、川の水は本当に透明で。
―中尾
本当にきれいな、水と石の町という感じがしました。
―澁澤
「石徹白」は「石」という字が入りますから、かつて白山信仰の宿坊というか宿として栄えた街ですから、私たちが車で行ったつづれ折を歩いてのぼってこられて、どういう思いであの山道を歩いてこられたのか。伊勢神宮のお伊勢参りとはまた違って、山の頂に上っていくことによって自分の穢れが落ちていく、また視界も開いて…
―中尾
あの森と水が自分を浄化してくれますよね。縄文時代から人が住んでいたんですよね。
―澁澤
縄文遺跡があるということはそこに暮らしのすべてがあったということですよね。それだけではなくて、縄文時代から塩は必要でしたから、縄文時代から人の行き来があったということですよね。
―中尾
よくまあ、荒らされずに残っていますね。そこに感動しました。
―澁澤
そうですね~。
たくさんの若いアイターンの人たちが入ってきて、村の中の5分の1くらいがその人たちでしめられるような村になりました。
―中尾
石徹白洋品店さんのスタッフの方々、みんな女性なんですよね(笑)
みんな女性で、みんなそれぞれに個性があって、元気で、それぞれに考え方がしっかりしていて、素晴らしかったですね。
―澁澤
みんな自立した女性たちで、しかも良いのは全員が同じタイプじゃなくて、全員が違うタイプなんですよね。
―中尾
そうなんですよ。だから、役割分担がすごくちゃんとされていますよね。
―澁澤
先週出ていただいた平野馨生里さんのお人柄なのか、ご主人の彰秀さんを含めたご家庭の暖かさなのか、みんなバラバラの経歴を持ってこられたプロの女性たちが集まって、一つの仕事をしているという、不思議な空間でしたね。
―中尾
不思議な空間でしたね(笑)。パタンナーさんは、一人で一軒家に住んでいて、屋根の上を猿が走るっておっしゃっていましたよね。隣は廃屋で、怖くないの?と思いましたけど、とっても静かで暮らしやすいとおっしゃるんですよね。驚きました。
―澁澤
静かさって、別に音がないことが静かなのではなくて、自然の音がなくなった瞬間に聞こえてくるまたその奥の自然の音みたいなものがあって、そういうところが静かさを感じる場所でしょうね。
木がざわざわっとしてくる、音と一緒に空気が伝わってきて、それから動物の声が聞こえてくる時というのは、また木の音が聞こえなくなって、そして動物が去っていくと今度は水の音が聞こえてくるんですよ。全部同時にある音なんですけど、人間の耳って、そうやって次々に音を拾っていく。それによって心が静かになっていく。先ほどの神社もそうなのかもしれませんね。
―中尾
それでね、あそこの土地で暮らしたいと平野馨生里さんが思って始めたのが地元の方たちへの聞き書きなんですよね。どうやって暮らしてきたのかとか、そこはどういう場所なのかということをまず、聞いていくのですよね?
―澁澤
聞いて、その人の暮らし、なりわいを書いていくという行為だけなんですけど、聞き書きをすると、その人に自分を重ねていきます。聞こうとしますから、自分を無にして、それこそ先ほどの音ではないですけど、そこに流れる水の音みたいなものを、その人の心の中の水の音を聞こうとしていくわけです。そうすると、最初は単なる言葉であった文字情報の積み重ねが、その向こう側にある心までだんだん自分の中にはっきりと見えてきたりするのです。その人の人生を聞いているのですけど、自分がその人の人生を追体験しているような、そういう感覚になるんですね。そこから聞き書き作品というのが生まれてくるのですが、聞き書き作品というのは、聞き手の話というのは全部削って話し手の言葉だけで作品を作っていきます。それは話し手の一生、ちゃんとそこに生きていたということの証になっていくのです。それが作品集として話し手の手元に来ると、とても喜ばれる。何の価値もないと思っていた自分の人生、そして一年中野良に出て同じことを繰り返してきた人生が、こんなに価値があるものとして次の世代に残っていくんだということ、それは一人の人間として誇りに思われる。それと同時に、作品を作ってくれた、話を聞いてくれただけの相手なんですけど、家族と同じ、あるいは家族以上に親密な人に見えるんですよ。自分の心の奥底を一番わかってくれている。子供にも話さなかったことを話した人。するとそこで、外から入っていった若い女の子に、地域のおじいちゃんやおばあちゃんとの人間関係ができる。それは家族よりも孫よりももっと親密な人生の伴侶のように一緒に歩んできたような人の人間関係ができていきますから、どんなことをするよりも集落の中に入っていくのに、ありがたい関係がそこにできていきます。
特にああいう山のクローズの村というのは、外から入ってくる人を警戒するというよりも別次元で生きている人だと思われてしまいます。この人はいつか帰っていってしまう人なんだと、皆さん思ってしまいますから、いつまでたってもお客さん扱いしかしてくれない。それが、聞き書きをやることによって、急に家族のようになっちゃうのです。
―中尾
ちゃんとここで一生過ごすぞと思って入っても?
―澁澤
やはりいずれ出ていってしまうと思われる。その人たちの夫婦がお墓を作って初めて自分たちのところで一因になろうとしている人なんだということがわかる。
都会の人たちにはなかなか感じられない人間関係の濃さがありますね。
―中尾
そういう意味では、その方たちのお話を伺って、しかもそこで長く使われてきた着るものをリメイクというか、作り方はそのまま生かして、それを自分たちのなりわいとして洋品店を開いたわけですよね。
―澁澤
しかも、使うのは自然素材だけで、地元で採れた藍で染め、地元で採れた草木で染めて、かつてあったものを今風にリメイクしていく。新しいものとしてそこから全国へ出していくというような、最初からそれを狙ったわけではなく、彼女たちがやりたいなと思うことが今、そういう形で、振り返ってみるととても新鮮な新しいものを作り出す運動になっていた。ということが言えるかもしれません。
―中尾
とてもいい形で、なじみながら、そこのものを活かしながら、どんどん自分たちの居場所を広げていっているという感じですよね。
―澁澤
暮らしも働くことも稼ぐことも、すべて今までの延長の上にのりしろでくっついていくみたいに自然にその中になじむ。その中からものすごくその先の未来を考えてみんな仕事をしていて、地域に若者が入っていくときの一つの理想の形ですね。
―中尾
皆が楽しそうでしたね。
―澁澤
場所も大事なんだけど、やはり「人」ですね。
―中尾
「人」、大事ですね。久々に、他の火にあたらせていただきました。
―澁澤
そうですね。先週の続きで石徹白のお話でしたけど、ちょっと周りの状況の説明をさせていただきました。