ハス(花まくら より 010)
ハスというのは、伝説、逸話、物語に事欠かない花である。まず第一に、仏教と縁が深く、仏様の座っているのも蓮華、つまりハスの花、と、ここからして一晩かけても話が尽きない花である。
今回は、私が知っていて、面白いなぁと思っているハスのお話をいくつか紹介したいと思う。
その1「二千年前の花が咲く」
植物の種の生命力がいかに強いか、という驚くべき事実である。一九五一年に、千葉県で弥生時代のハスの種が発見された。三粒発掘された種のうち、一粒が芽を吹き、開花した。このハスは発掘者の大賀一郎先生の名を冠して、大賀ハス、また二千年ハス、と呼ばれている。
私はこのハスを福井県の南条で見た。なぜ福井県かというと、私の父が福井県の南条の出身なのである。帰省の際に立ち寄った、南条花ハス公園というところで、この花が咲いているのを見て、また、その由来を知り、いたく感銘を受けた。
薔薇という花は、今でこそどの花よりも美しい姿を誇っているが、二千年前から美しかったかと言うと、そうでもない。薔薇の花というのは、品種改良を繰り返し、多くの人の手を経て、初めて、今の姿になったのである。そこへいくと、ハスの花は違う。ハスの花は二千年前から、ずっと美しかったのである。黄色の花托、それをとりまく、先端が尖ったアーモンド型のはなびら、はなびらの縁は濃い桃色で、中央に向けて筋が入る。花は大きく、八重で、見栄えがする。蕾は卵型で、夜明けにほころび始めて、早朝に咲く。そしてよく花が付く。二千年前にあって、人の手を介さず、これほど美しい花が他にあったのだろうか。
私はハスの花の美しさについて考える時、これは真珠とダイヤモンドの関係に似ているのではないかと思う。真珠は、古代から美しかった。真珠は、母貝から転がり出た瞬間から美しい。なんら人の手が加わらなくとも、白、ほんのりと桃色、黄色、青みがかったもの、また濃緑色のもの、様々なバリエーションがあり、艶やかで、比類ない。そこへ行くとダイヤモンドは最初はただの石である。掘り起こされてすぐ美しいというわけにはいかない。人の手を経て、磨いて、切って、始めて光る石である。この違いが、ハスと薔薇にも当てはまると思うのである。どちらが優れていると言うわけではないが、古代ロマンの香りを漂わせるハスと真珠には、悠久の時を経ている分、ある種、特別な価値が存在する気がする。
その2 「楊貴妃の愛した蓮の実」
ハスの実は食べられる。日本ではあまり馴染みがないが、中国では蓮の実は、甘納豆のようにして、ちょうど栗の甘露煮のようにして食される。月餅の餡の中に入っていることもある。黄色くて、味は少しほろ苦い。
この蓮の実は、漢方薬として扱われると、女性のヒステリー、生理前のイライラ、ホルモンバランスの乱れなどに効くとされている。私も二十代後半の頃、生理前のイライラに悩まされていた時、蓮の実の甘露煮を取り寄せて食べていた。とても美味しいので、おやつとしてつまんでいたのであるが、薬としても結構、効果があった気がする。ぜひに、と勧めるわけではないが、女性特有のお悩みをお持ちの方は、一度食べてみると良いと思う。この蓮の実の甘露煮は、楊貴妃も好んで食べていたらしい。楊貴妃もまた、女性特有の悩みに振り回されていたのかもしれない。そう思うと、少し親近感がわく。
その3 「ハスの葉でお酒を飲む」
ハスの葉でお酒を飲む、と聞くと、どういう絵面を思い浮かべるだろうか。あの大きな葉っぱを盃にして、葉っぱのフチからグイグイと飲む感じだろうか。それとも、葉っぱをうまいこと折りたたんで、コップにして飲む感じだろうか。たぶん、知らない方には思いもつかない方法である。
正解は、葉っぱにお酒を注いで、茎からストローのようにして飲む、である。
えっと思った方、私も初めて聞いた時、えっと思いました。ちょっと信じられないのだが、やり方としては、まずハスの葉を茎がついた状態で切り取って来る。で、よく洗った後に、ハスの葉の中央、ちょうど茎がついている付け根の裏側のところを少し削る。すると、穴が開くのである。これは維管束と言って、ハスが葉っぱと根っこ(レンコン)の間で呼吸をやりとりするのに使っている、通り道である。こうしてちょうどストローのようになったハスの茎を口に咥える。これで準備は完了だ。次に、酒を葉の方に注ぐわけだが、これは一人ではできないので、二人一組で、注ぐ人、飲む人に分かれて行う。飲む人は座って、ハスの茎を咥え、注ぐ人は立って、ハスの葉を支えながら、そっと酒がこぼれないよう、うまくハスの葉の中央に酒が溜まるように注ぐ。勢いよく注ぐと、飲むほうがむせてしまうから、そろりそろりとゆっくりである。飲む方は、酒が流れて来るのが止められないから、来るに任せてドンドン飲むしかない。あっぷあっぷしそうなものだが、そこは加減してもらって、ちょうど良い塩梅で注いでもらう。この方法、うまく行くかどうかは、注ぐ方の腕次第である。
味はというと、草いきれのような青っぽい香り、ハスの葉の風味が酒に加わり、爽やかな後味ということである。ということである、ということは、つまり、私は話に聞いたことがあるだけで、やったことがないのである。残念である。私と言うのは、大抵、いつもこうなのである。やってみたいなぁ、と思って、それっきり、ということが多すぎる。
ただ、この話を聞いた後に、本当かなぁ、と思って、後日、ハスの葉が生えているところを見つけた時、ハスの葉の中心を爪で削ってみたことがある。確かに、穴が空いた。そこにちょろりと水を注いでみると、下からぶくぶくと泡が湧いてきた。ハスの呼吸が、目に見えているのだ、と思った。葉から取り入れた酸素が、ハスの茎を通じて根に入り、根で二酸化炭素となって葉に戻ってきている、それが泡になって見えているのだ、と思った。今思えば、その時、生えていたハスを、お願いして一本、葉をもらってこればよかった。顔なじみのお寺に生えていたハスだったので、頼めばもらえたと思う。なんで一言、勇気を出して頼むことが出来なかったのかなぁ、と後悔しきりである。
その4「レンコン餅」
京都の和久傳(わくでん)という料亭には、西湖という名前のお菓子がある。どんなお菓子かというと、笹で巻いてあって、包みを開けると、中は濃い琥珀色、ぷるぷるとしていて、モチモチたものが入っている。そこにきな粉をかけて、箸で食べる。物としてはわらび餅とか、葛饅頭とは、そういうものに近い。こういうものは、何かしらのデンプンに水を加えて、火にかけて練って作るのだが、西湖の場合、それがレンコンのデンプンというところが、他と違うのである。ぷるぷる、つるつる、モチモチ、を冷やして食べるので、季節は夏。レンコン餅は夏の食べ物である。レンコンの旬は秋口だが、レンコン餅の旬は夏なのだ。
夏の京都を訪れたら、一度は試していただきたい、風雅なお菓子である。
いかがだっただろうか。まだまだハスの逸話は他にもあるが、私の興味のある範囲で四つ紹介させてもらった。
最後に、個人的に一番衝撃を受けたハスの光景について書きたいと思う。上野の不忍池である。あれは驚いた。東京で、あんなに大きな蓮池を見るとは思わなかった。不忍池という名前は聞いたことがあったが、ああいう場所だというのは、行くまでわからなかった。
東京の人にとっては、なんの変哲も無い場所なのだろうが、見慣れない者にとっては、なんだこりゃ!という面白い場所だと思ったので、これからも変わらず、色々再開発の波などあるだろうが、残っていってほしいなと思っている。
さて、次のお話は…
前のお話は…
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