幸か不幸か~恐るべしドーパミン
幸せはどこからやってくるのか
コロナ禍で仕事がなくなり、収入が激減し、あるいは自粛要請されて好きなことができず、友達と会って憂さ晴らしの会話さえままならない昨今。「ああ、幸せになりたい」「私はいつになったら幸せになれるのだろうか」と嘆いたり悶々したりする人が増えているようだ。コロナ禍それ自体はひとりでいくら考えたって解消できるわけがないので、幸せとは何か、幸福を手に入れるにはどうしたらいいのか、せめて手がかりでも。
といっても幸福の中身は千差万別、人それぞれだから、誰にでも当てはまるような処方箋があるわけはない。そもそも幸福とは何かということについてだってこれといった合意はない。今、私が思いつく範囲でも、
幸福はどこからともなくやってくる、
という説があったり、
愛も自由も幸福も幻想なんだ、
という説があったりする。さらには、
人は幸福を手に入れたらすぐにまた別の幸福を追い求めないではいられない、
というような、とりつく島もない説だってある。
しかも、そうした説に私などはいちいち納得しまうのだから困ってしまう。
なので、ここではいくらかでも科学的と思われる知見をとりあげてみたい。
快感ホルモン・ドーパミン
人間はケミカルな存在である。
というのはつまり、人間は化学物質に統御されて生きているという意味だが、付け加えるなら人間はまた電気的な存在でもあるだろう。
話を拡げすぎると手に負えなくなるので、ここでは化学物質に統御された存在としての人間について、具体的には〝脳内ホルモン〟についての現時点での知見に限らせていただく。
人間の幸福や快楽に関わるホルモンといって人がまっさきに思い浮かべるのは、おそらくドーパミンやエンドルフィンだろうが、ほかにもセロトニンやオキシトシンといったホルモンがあって、実をいうとむしろこっちの方が幸せホルモンに近い。
それでも私は、ドーパミンが人間の本質を突いていると思うので、ドーパミンについて、まずはその恐るべき効能を紹介しておく。
ドーパミンとは何か。これは欲求に関わるホルモンだが、現実的には快感や快楽の寸前に働く。わかりやすくいうと、快感直前の期待感を高めるホルモンだ。
だからといってドーパミンを手放しに礼賛したら危ないことになる。これはまったく、取り扱い注意のデインジャラスなホルモンなのである。
ギャンブルの快感
どうデインジャラスなのか。たとえばギャンブルで大当たりを出す。その寸前にドーパミンがドバッと出る。その快感が脳に刻まれて忘れられず、また次の日も同じギャンブルに手を出す。さあ、当たるぞ当たるぞと期待しながら手に汗をかく。当たるぞと思ったそのときにドーパミンがドバドバ出てくものの、結局、当たらなくて悔しい思いをする。
それでもこの人はきっとまたそのギャンブルを繰り返す。家計が怪しくなっても仕事に支障が出ても繰り返す。スッテンテンになっても、最初のドバドバ快感が忘れられずに繰り返す。
たまにヒットしたとしても最初ほどの快感が得られるわけではないのだが、それでも続けないではいられない。そうして続けているうちに自分で自分を制御できなくなる。あっという間にギャンブル依存症になる。
簡単にいうとそういうことだが、これはなにもギャンブルに限らない。飲酒でもテレビゲームでもブランド品とかの特別な買い物でも、一時的に人をハイにするものにはすべてこのドーパミンが関わってくる。ドーパミンが怖いのは、ヒットしても二度目三度目と回を重ねるにしたがって快感のレベルは下がって、それでも最初の快感を執拗に求めてドツボにはまってしまうことである。ドツボにはまっても、さらなる快感を求めて同じことを繰り返さずにはいられない。
もちろん、悪いことばかりではない。ドーパミンは人間が人間であることを特徴づけるホルモンでもある。人類の進化はこれなしにはなかったといってもいいほど本質的で重要なホルモンなのである。
ドーパミンは人間を現状で満足させない。今よりもさらに高いところ、今よりもさらに良いものを求めて人を動き回らせる。未来志向が強烈で、これがあると人を現状では満足できなくする。そのパワーときたら、世の学術も芸術も経済も、文化や文明といわれるものはこれで回っているといってもいいほどだ。
セレブはリスクを恐れない
典型はセレブだろう。頑張ってカネを稼いで、背伸びをして、人から崇められたいと切望する。これを求め求めているうちに、最後はトランプ大統領みたいになるというと笑い話みたいなオチになってしまう可能性もあるが、リスクを恐れなければ、考えようによっては立身出世にいちばん必要なホルモンかもしれない。
ドーパミンを作り出すのはアミノ酸のチロシンで、チーズや納豆などのたんぱく質に多く含まれる。だからといって、チーズばかり大量に食べていたらどうなるかというと、もちろん栄養が偏って健康を維持するのは難しくなる。健康でなければ人は幸福感を得られないだろうから、こうなると逆効果というものである。
脳内ホルモンを増やして幸福になろうとするなら、やっぱりバランスが重要なのだ。
快楽か安定か
ドーパミンとバランスをとってくれるのはセロトニンである。ドーパミンが過激な欲求ホルモンなら、セロトニンは穏やかな安定志向のホルモンということができる。セレブにはならなくてもいいから平凡な家庭を築いて平和に暮らしたいというホルモンなのである。しかもこれはセレブ仕様のドーパミンがギャンブルや買い物などに暴走するのを止めてくれる。
具体的には、家計のことも考えずブランド品の時計やバッグを買いたいという強い欲求がドーパミンで、それを抑えようとするのがセロトニンと思えばいい。いってみればドーパミンは後先考えもせずに気前がよくて、セロトニンはつつましくて現実的である。セロトニンのおかげで人は気持ちを穏やかにし、日々の暮らしを安定させて楽しめる。
セロトニンはまたメラトニンという睡眠に重要な役割を果たすホルモンの原料にもなる。だから幸せホルモンということになると一時的な快楽を引き出すドーパミンよりもむしろこっちだろうと思うのだが、かといってセロトニンばかりに偏ると人生はちょっと精彩を欠いて、悪くいえばしょぼいものになってしまう。
セロトニンの原材料はトリプトファンで、ドーパミンと同じようにこちらも肉や魚や乳製品から摂取できるタンパク質だ。だったら、肉やチーズばかり食べていればセロトニンもドーパミンもできるので、うまいぐあいにバランスがとれてくれるのかというと、これもやっぱり結果的に健康を害するだろうから、幸せにはなれないと思ったほうがいい。
そのあたりの化学反応は正直いってよくわからないのだが、そんな好き勝手なことばかりで人生がうまくいくはずのないことは、いくらかでも人生経験があればわかる。
セロトニンの分泌には、食べるときによく噛むクセをつけるのもいいらしい。これならただちに実行できる。食事を玄米菜食にして、ひと口数十回から百回ほど噛み続ければいい。
セロトニンを出すには
食べ物以外だと散歩がおすすめである。セロトニンは太陽光を浴びることで分泌される。特に朝の太陽の光が効果的で、これはバイオリズムを整えて良質な睡眠を促すことでもよく知られている。
太陽の光はけっこう強いので、多少曇りがちな日和でも家の閉じこもっているのに比べたら外に出て散歩したほうがずっと効果的にメラトニンやセロトニンを分泌できるだろう。コロナの非常事態宣言下では外出自粛も求められることになるのだろうが、幸福感を維持するためにはとにかく歩きたい。
散歩がどうしていいのかというと、もうひとつ理由がある。早足で歩いてリズミカルに体を動かすことによってセロトニンの分泌が促されるのである。そういうことでいうと、ジョギングなどもおすすめだ。いわゆるランニングハイも、セロトニンのなせる技だろう。
歩いたり走ったりしたくないという人は、歌ったり踊ったり楽器を演奏したりするのもいい。ギターやピアノやウクレレなどで伴奏しながら同じ曲を数回繰り返して弾き語りしてみると、セロトニン効果を実感できる。セロトニンはまた抗鬱にも関わっていて鬱病の予防に欠かせない。頭も活性化されるので、おすすめだ。
以前に、泣いて気持ちをすっきりさせて前向きに生きようという話を書いたことがあるが、セロトニンはこれにも関わっている。セロトニンの分泌には喜怒哀楽が効果的なのである。何かに感動して泣いたり笑ったり、特にコロナ禍の緊急事態宣言下では、メリハリのある生活を維持したい。
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