クロワッサン型の小さな漁港
国道5号線を小樽から余市方面へ。蘭島の手前で曲り、長い坂をくだっていくと小さな漁港に辿り着く。忍路漁港だ。忍路は「オショロ」と読む。
切り立った崖に囲まれた小さな入り江に、漁船が静かに停泊している。
港内の海は深い青と緑のグラデーション。
わたしと車を運転してくれた友人のほかには、漁船をせっせと掃除している年輩の漁師がひとり。
夏の終わりを蟬がしきりに鳴いている。
忍路漁港はクロワッサン型というよりは小さなコッペパンを縦にしたようなかたち。フランスのマルセイユなんかはクロワッサン型と言っていいかもしれない。広くて明るくて眩しくて、日本の漁港とは全然ちがうなあと思ったものだった。
思い出にはいつも雨などふっていて。
素敵な上句。「思い出には」の「は」にすごく優しい響きがあって、それがしずかに柔らかくふる雨を連想させる。
「クロワッサン型の小さな漁港」がいま目の前にある景色なのか、思い出の中の景色なのか、いずれにしても、完璧に晴れた日ではなく雨がしとしと降っているからこそ、こうして何度も思い返してしまうような大事な思い出になるのだと思う。
それにしても、雨とクロワッサンを取り合わせるって地味にすごいのでは?
だってクロワッサンの命はサクサクパリパリの食感でしょう。
はいクロワッサンですよと出てきたのがしなしなのクロワッサンだったら、少しがっかりしませんか?
この歌ではそういうフレッシュさはまったく重要ではない。
この歌が歌の背後に滲ませているのは、焼きたてじゃない、すこし時間が経ったクロワッサンの、ちょっとしんなりしているのを噛みしめる、しみじみとした感じ。こんなのもいいよね、という、悟り。
『パン屋のパンセ』は杉﨑恒夫さんが90歳で亡くなった翌年に発行された。70~80代の歌を収めている。
思い出とは、しんなりとしたクロワッサンである。