トンデモ『過保護』医療④〜ヒアルロン酸〜その1
みんな大好きヒアルロン酸の関節注射について、イチ整形外科医がバカ正直に語ります。
ヒアルロン酸関節注射は日本の文化
膝の痛みで整形外科医院を受診し、医師から「しばらくヒアルロン酸注射を打ちましょう」と言われて、際限なく膝に注射を打ち続けている患者さん、
世の中にかなりたくさんいると思います。
場合によっては、五十肩に対して治るまでヒアルロン酸注射を肩に打ち続けている方も。
これらは、ほぼ日本独自の文化です。
以前にも書きましたが、米国で医学基礎研究をしたり自分や家族が手術を受けたり、カナダで医師として手術修行をしつつ診療に当たり、欧州諸国で2度ほど1か月間の短期手術見学留学をしたり、世界規模で言えば限局的ではありますが、いわゆる欧米の医療現場を多数見てきました。
そんな中、
整形外科診療の現場で、肩や膝にヒアルロン酸を注射しているところに遭遇したことは、一度もありません。
カナダでまさに変形性膝関節症に対する人工関節を中心とした手術研修をしていた1年間にも、整形外科医が膝関節にヒアルロン酸注射を打つことはなかったですし、そもそも病院にヒアルロン酸自体が置いてありませんでした。
ごく稀に、手術適応がなく整形外科的にやれることがあまりない患者さんに対して、ヒアルロン酸注射を一つの代替治療法として(一応)提案をして、本人が希望したら放射線科医に注射依頼の紹介状を書く、ということはありましたが。(そこで打つ注射も、日本で普及している薬理作用を期待した薬剤としての中〜高分子ヒアルロン酸ではなく、関節内でのクッション性を期待した医療材料としての超高分子ヒアルロン酸だったので、厳密にはコンセプト自体が異なるものではあります。)
そんな諸外国の事情を知っているヒトは稀で、日本にいると「膝が痛けりゃヒアルロン酸注射」というくらいの勢いで、保険診療のもと打たれまくっている現状があります。これはほぼ日本独自の医療文化と言っても差し支えないと思います。
ヒアルロン酸膝関節注射のエビデンスは?
では、その背景にある医学的なエビデンスはどうなのでしょうか?
膝へのヒアルロン酸関節注射の対象となる疾患の代表(ほとんど全て)は、皆さんご存じの、いわゆる「変形性膝関節症」です。
PubMedで"hyluronic acid injection knee osteoarthritis"と入れて検索すると1,612件(1982-2024年)も出てきます。
要するに、
「膝へのヒアルロン酸関節注射に関する研究論文が世の中には山ほどある」ということです。
全てに目を通すことのできるレベルの数ではないですが、印象だけでざっくり言えば、研究デザインも結果もバラバラで、結果はおおむね「可も不可もない」もしくは「どちらかと言えば痛みが少し楽になる」のいずれか。
そして、最もインパクトが大きいと思われる、検索して出てきた中で一番新しいシステマティックレビューとメタ解析(要は多数の論文の総まとめ)の論文を、ここで示します👇
この論文での結論が、こちら👇
(英国は、欧米諸国の多くの国で適応されている皆保険制度の総本山的な立ち位置であり、医療費削減に対して最も厳しい態度がゆえに、このようなコストがかかりやすい診療に対して否定的な研究結果が出てきやすい、という背景が実はあったりしますが…。)
いずれにせよ一つ言えることは、
膝へのヒアルロン酸注射に「断言できるほどの強い効果はない」のです。
逆に言えば、
ヒアルロン酸関節注射が、
・変形性膝関節症の進行(変形)を止められる
・人工関節手術が必要となるリスクを下げられる
・(長期的に)痛みが出なくなる
・(長期的に)関節の機能が良くなる
というような、信頼できるエビデンスなど存在しないわけで、
それゆえ、変形性膝関節症の治療や進行予防のために、
「膝にヒアルロン酸の注射をするべき」なんてことはありません。
ちなみに、これまでの話は臨床研究についてですが、細胞や分子レベルでの基礎研究に関しても論文は多数あります。私が博士号を取得した論文も実はヒアルロン酸に関するものでした。基礎研究は臨床研究と比べてバイアスは少なく、そんな中でヒアルロン酸が軟骨細胞の生理に好影響を与えたというエビデンスが多数あるという事実は重要です。とはいえ、基礎研究レベルで効果が証明されたものの臨床研究で思ったほど効果が出ない、というのはよくある話であり、希望的な曲解はもちろん避けるべきです。
日本の医療現場での認識は?
変形性膝関節症診療についてのガイドラインがあります。
変形性膝関節症診療ガイドライン2023より抜粋
推奨文 ヒアルロン酸関節内注射は,変形性膝関節症に対して有用である.
エビデンスの強さ ■ B:効果の推定値に中程度の確信がある
推奨の強さ ■ 2:弱い(実施することを提案する)
委員会での投票では,膝OAにヒアルロン酸関節内注射を強く推奨するが1名(7%),弱く推奨(提案)するが14名(93%)であった.
強く推奨されているわけではないことは一目瞭然ですが、一方で、診療を行う医師の受け止めよう次第でいかようにも解釈、実施できる内容です。
少し気になるのは、ここでの論拠は1992-2019年の既存論文を独自にメタ解析した結果であり、前述の2022年のメタ解析研究結果は反映されておらず、同じメタ解析なのに結論が真逆に近いことです。似たようなデータを用いて統計解析した結果でも、解釈次第で結論は変わるんです。
ちなみにですが、
ヒアルロン酸製剤の添付文書には、
通常、成人1回1シリンジを1週間ごとに連続5回膝関節腔内又は肩関節(肩関節腔、肩峰下滑液包又は上腕二頭筋長頭腱腱鞘)内に投与するが、症状により投与回数を適宜増減する。
と書かれています。
が、この「1週間ごとに連続5回注射」の背景に科学的根拠はありません。
強いエビデンスがないことをどれだけの医師が把握しているかは知りませんが、ガイドラインを各々が良いように解釈して(もしくはエビデンスやガイドラインの存在など気にせず慣習的に)注射され続けているのが現状です。
なぜ、ヒアルロン酸関節注射が保険適応なのか?
結論から言ってしまいますが、
正直言って、知りません。
前述のように、治療上で不可欠と言える(保険適応の理由付けとなる)ような強い医学的エビデンスの無い、あくまで、短期的に痛みを和らげられるかも知れないという薬剤です。
たくさんの人々が頑張って打ち続けたところで、「劇的に症状が改善して日常生活レベルが格段に改善し、健康寿命も伸びて医療費も削減される。」なんてことなどありえません。
少なくとも、もし新たに登場したとした場合に、保険適応となり得るだけの根拠はありません。では、いつから保険適応なのでしょうか?私が医者になった20数年前にも当然のように保険診療で使われており、製造販売は1987年かららしいので、その歴史はかなり長く、現代のEBM(Evidence-Based Medicine)という概念が登場する以前から使われていることになります。
もちろん、他にも今ほどエビデンスを重要視されなかった時代に承認され、その後も明確なエビデンスがないまま使われ続けている保険適応薬剤は不思議なくらい山ほどあるので、ヒアルロン酸だけを悪者にしてはいけませんが、でも事実は事実です。
では、なぜヒアルロン酸がいまだに保険適応薬なのか?
科学的な理由付けは不可能です。
もちろん、保険適応から除外するほどの強い否定的エビデンスがないことも一つの理由ではあると思いますが、
そこには、
保険適応薬と認められてきた歴史的背景があり、
科学的エビデンスを求められる現代においても、度外視され続ける背景がきっとあります。
保険適応外にすると損する立場の人があちこちにいるんです。
長くなってしまいそうなので、ここで一旦終了し、その2に続きます。