見出し画像

はじめての純烈


長い前置き(すぐ純烈の明治座ルポ読みたい人は本題まで飛ばしてくれても支障ありません)

 歳をとるってのは気分のいいもんではない。と、いきなりそんな愚痴から始めるのもなんなんですが、昔はそんなこと考えもしなかったっていうのに、旅先で「ここにくるのもこれが最後かもしれないな〜」などと感慨深くなってみたり、本を読んでいてても「もしかして再読することはないかもしれない」と急に緊張したりすることはある。べつに十歳でもそう思う奴はいるだろうし、そもそも翌日車に撥ねられたりして、おさらばするかもしれないっていうのに、体力の低下のせいだろうか、妙にせせっこましい気持ちになっていく。

 考えてみると、若い頃っていうのは自分が長生きするであろうことを前提に考えている。あーあ、あと六十年生きるのかよ〜、とか。その果てしない先を思って、若者はなにもかめんどくさくなって(この恋を失って六十年も生きなきゃなんねえのか、みたく)自暴自棄になるわけだが、それはもう、若くて無知で自分が老いることなんてないという傲慢さからきておるわけじゃ(急なジジイ)
 いや最近毎週病院に通っているんだけどさ、そんな自分想像してなかったわい。

 前置きが長くなってしまったが、わたくしはおっさんである。昔『銀魂』のタイトルで、うろ覚えなんだけど「人生でおっさんでいる時間のほうが長いじゃん、こわ!」ってのがあって、妙にしみじみとした、というか、「そういやそうだな!」とショックを受けた。
 おっさんずライフ! 

 そこそこいろいろな経験をしてくると、ビビるとか感動するとかっていうことが少なくなってくる。
 昔は山にいったら「山〜!」、海にいったら「海〜!」といちいち感動していた気がするんだけど、いまじゃ「山じゃのう」「海じゃのう」くらいです。喜怒哀楽というか、自分に刺激を与えなくては!
 歳をとり、表情筋を使っていないとすーぐ老け込んでしまうぞ、と恐怖したわたしは、ちょうど久しぶりにナンシー関の本を手に取っていた。

 学生時代、ナンシー関のテレビ評を読むために火曜日は『週刊朝日』、木曜日は『週刊文春』を購読していた。あの頃の週刊誌って、コラムが充実してたんですよね。近田春夫とか坪内祐三とか中村うさぎとか。で、この『信仰の現場』っていうのはナンシー関が人が熱狂して集まっている場所に呼ばれてもいないのに出かけて、その場の空気、というか「同好の士がいることではしゃぐ人々」をルポする、というもの。ナンシーの著書はけっこう電書になっているんだけど、これはなっていなかった。星海社さん復刊ありがとう!
「矢沢永吉コンサート」「笑っていいとも」「宝くじの発表の会場」など、「興味がなかったらべつに行かんでもいい」ところにナンシー、出向いてます。
 正月に読んでいて、そうだ、俺も新たな刺激を求めて、「これまで興味のなかった場所に行ってみよう」と思い立った。

 ぼくは一人暮らしを始めたときに金がなくてテレビを買わなかったことで、それ以降テレビを観なくなってしまった。あんだけテレビっ子だったのに。というかナンシー関のコラム楽しめるくらいにかじりついてたのに。
 なのでお笑いもまったくわからん。若者たちが「M-1がどうこう」とか話していても、コンビ名聞いたところでまったく頭にヴィジュアルがでてこない。興味を持って検索したりもしやしない。しかもここ数年は旧作邦画に凝っていて、自分が生きてる時代昭和だ。雷蔵とか小林旭とか、つい最近観た映画では渡瀬恒彦が多分現代ではこんな話書けねえだろうな〜ってあらゆる暴力をかましてたし。

 いまはもう、「世代を超えてみんなが知っている」流行っていうのはあまりない。娯楽が溢れていて、それぞれが推し活に励んでいる。昔は「オタク」とか「マニアック」なんて小馬鹿にするニュアンスで言われていたけど、いまじゃべつにそう言われたとことでどうってことない。言うほうもべつに嫌味でもない。

 というわけで今年、ぼくは新たな娯楽を求め、べつにこれまで興味なかった場所へ行ってみる、ことにした。

前置き2(飛ばしてもいいです)

 記念すべき第一回(?)は純烈の明治座公演である。さ〜てどんなことになっているのかな、ウキウキで浜町にやってきた、わけでもなかった。
 さっきまでの長ったらしい前置きで勢い込んで、そうだ、純烈を俺は何も知らない。ひとまず観てみよう、とチケットを取ったまではよかったが、ときがたち、いざ本番となると急にやる気が……しぼんでくる。

 歌謡曲とか演歌、まったく興味がないのだ。

 そもそも純烈、紅白を七年連続出場ということだが、純烈が歌っている紅白、観ていない(多分その間トイレに行ったりそば食ったりしていたんだと思われる)。紅白出場というのは歌手にとって価値あることであることは知っている。「紅白出場歌手」となればギャラも上がるらしいし。
 でもなあ、マジで興味なさすぎるんだよなあ。深夜テンションで始めるんじゃなかった、と後悔していた。しかもせっかくS席&調子に乗って休憩時間に弁当(今回は純烈おせち)を予約している。元をとらなくてはなんねえというさもしい根性に後押しされて、地上にあがった。

 演歌歌手の座長公演、というのはその昔つきあいのある信用金庫の貸切で「大月みやこ新宿コマ座長公演」なるのを母と観にいった記憶がある。行ったことは覚えているが、内容はまったく覚えていない。一幕が人情もののお芝居で休憩挟んで二幕がコンサートだった。で、歌うたびに大月さんが歌えることとお客に感謝していた、たしか。
 明治座の前に立ったとき、そういえばつい最近も明治座きたな、と思い出した。そう、たしか氷川きよしの座長公演で活動休止直前だったと思う(つい最近でもないけどじじいっぽい回想)。こちらは細部は朧げだが、「すごかった」という印象だけはまざまざと思い出された。

 いや、純烈の話にまったくならないで脱線しまくっているが、あれは衝撃だった。第一部の芝居が、「氷川きよしがなんでかしらんけどフランス革命のパリにタイムスリップしてしまい、女装して、なんかいろんな問題をばっさばっさと解決」していた。意味がわからなさすぎて、いや壮大すぎて、終わってからも思い出された。第二部のコンサートは、徐々にフェミニンなふうになっていった。ドラゴンボールの歌しか知らなかったんだけど、面白かった。

 あれを観てしまったら、純烈、インパクト薄いんじゃねえの〜と、明治座に入ってからも不安というか、期待しすぎないでおこうという初見の人間特有の傲慢な配慮があった。

明治座ののぼり

 のだが。

本題(純烈明治座公演)

 値段の高い舞台は夜公演が少なくなっていると聞く。というのも、働いている人はなかなか仕事終わりに劇場まで行くのが難しいし、客層も余裕のある中高年層が多いからだ。若者、一万円近くする舞台行くのは難しいんだろうな。新劇なんて夜公演ほんと少なくて逆に困る。開演前の客席を見ると、空席が目立つ。予約したときも昼公演は「残席わずか」だったけど、夜は余裕があった。通路側の席とれたし。この「若者が芝居にあんまりこない」問題は、チケット代を安くするって対策(物価上がってるし無理だろう)ではどうにもならんなあ、などと思った。客層はやはりマダーム(と付き添いできた男性)って感じ。氷川さんのときもそうだったけど、自分はもう少し歳を取ったらこの「演歌・歌謡曲界」に馴染むことができるんだろうか、と思う。その昔どっかのフェスで、おじいちゃんがPerfumeのTシャツ着て同じくPerfumeファンらしき若者たちと雑談しているのを見かけて微笑ましく思ったんだけど、自分もああいうふうになれるかなあ、とぼんやり思ったものだ。だって夜の野外でずっと立ってるのとか若くなくちゃできねえしな〜。
 でもまだこっちにスライドする自分ってのが想像つかない。

 舞台のほうは、わかりやすいコメディだった。人気歌手が死に、娘が残される。歌手は娘の父親が誰か、誰にも明かさなかった。三人の候補が呼ばれる(これが純烈メンバー、もう一人は歌手に恋していた弁護士見習い)。三人は自分じゃない、と否定するが、かつて愛した女性の娘と共に過ごし、そして中年となってうまくいっていない彼らの人生も変化の兆しが見える……と。ベタではあるが、ぼくはベタなものが好きなので(逆に技芸が必要になるというか)、楽しく観た。

 休憩となり、食堂へ移動する。一人で食べるのってどうかしらん、と思ったが、わりといる。正月ということで純烈おせちである。わりとうまい。そしておみくじがあり、当たりの人はグッズがもらえたみたい(外れた)。

おせち、おいしかったです


 物販を見てみると、ひときわ目立つというか注目してしまうのが純烈メンバーが裸で並んでいる写真がプリントされたバスタオルである。うーむ、すごい。さすがスーパー銭湯で営業をしていただけある。こういう「アーティストの写真がプリントされているグッズ」がぼくはめちゃめちゃ好きなんだが、さすがにどこで使ったらいいのか? と正気になった。あと、ファンの年齢層的に美顔グッズみたいなのもあって、面白い。

 そうこうしてるうちに第二部である。なんか劇場に戻ると、ワクワク感からだろうか、室温が高くなっている、気がする。
 あんまり詳しく書くのもどうかな、と思うんで軽く書くけれど、歌知らなくても面白かった。M Cも慣れたものだし、それぞれの個性(理科大中退とか筋肉とか)もあるし。メンバーの名前、白川裕二郎以外フルネーム知らなかったんだけど、今回でちゃんと覚えました。

 そして一番衝撃というか、業界的にはよくあることなんだろうけど、ファンサがすごい、ということだ。「純烈が客席に行ってお客さんとコミュニケーションします」というコーナーがあり、ゆっくりとメンバーが客席を回るのである(しかもその時間は写真撮影OK)。とにかくみんな大喜び、かぶりつき。そして「途中でトイレ行くかもしんないから」と消極的理由で通路側の席をとったんだけど、まさかこんなに気軽にメンバーと握手することになるとは。ぼくの横のおばさん、白川裕二郎さんに触ろうと、俺のことなんぞ配慮せずにぐいっときやがりましたからね。

 至近距離で白川裕二郎というのは感慨深かった。というのも、その昔入っていた芸能事務所で、当時一番売れていた所属俳優だったのだ(ハリケンジャーやってたとき)。あのときは白川さんを事務所で見たことなかった(そりゃそうだ)んだけど、まさか時を超え、こんなに近づくとはなあ。思えば長く生きたもんです。こんな未来想像しなかったぜ。

男前でした

 今日お誕生日の方をお祝いするコーナーでも、四十代から六十代の方である。「生まれ変わったら結婚しましょう」ってすごいな。

 リーダーの酒井さんのお客さんいじりも、マイルドな毒蝮三太夫ってかんじ。ご自身の体型自虐も挟まれるからなにひとつ嫌味がない。
 すごい配慮が抜け目ない。
 ファンは全員、高身長のイケメン(コンサート中、ちょっと肌を見せた映像なんかあったけど、ちょうどいい感じの色気だ)、笑い、歌、を摂取し、なんだか幸福度上がってる。

 すべてがほどよく、完璧なおもてなしであった。

 コンサートが終了し、ぞろぞろとお客さんが帰っていく。グッズを買った人は最後ハイタッチができるらしい。うーむ。接触系イベントがこれでもかとあるのか! 俺もなにか買ってみようかな……と思ったんだが、いやこんな新参者が立ち入るのはいけないとかなんとかわけのわからん気持ちになり、明治座をあとにした。
 なんやかや活動期間純烈、長いからな。本人たちの芸歴も長いし。かなり仕上がっている。よく紅白で、「なんでこいつが出てるんだよ」と文句が出るけど、知らない場所でこんなふうに着々と実績を積んでいるんだよな、演歌・歌謡曲の人々。そういや新曲は「藤井フミヤ作詞で、尚之が作曲」って言ってたな。なんかこの人選もちょうどいい(ファンの年齢層的に)。

 出たときに、明治座の脇に氷川きよしコンサートの告知があった。活動再開するらしい。

 純烈、また行ってもいいかも、と思った。とりあえずアップルミュージックで歌聴けるし、今度行くときはもちっと勉強して。

「もう行かないかもしれない」と焦るわけでもなく、思った。

フォトスポット

いいなと思ったら応援しよう!

キタハラ
もしよろしければ!