膏薬の土佐弁①-2 イ音便
前編の続きです。
私は生まれも育ちも関東でして、なんとなくウ音便よりもイ音便の方が聞き慣れないな、という感覚があります。
イ音便を使いこなせれば、より『西の言葉』度が上がるはずです。
イ音便
サ行イ音便
ざっくり言うと、『し』が『い』になります。
西の方ではよくサ行下一段活用動詞の連用形『せ』が『し』に変化しますが、それが更に『い』になるケースもあります。
ウ音便と組み合わさって『させたく』が『さいとう』になると、「全国の斎藤さん元気ですかー?」と呼んでいる気分になります。
サ行イ音便は高知だけでなく、近畿・中国・四国、中部地方西部や福井から富山までにも残っています。
高知県の例(PDF)
https://core.ac.uk/download/pdf/235944859.pdf
関西の例
岐阜県の例
こうして見ると、土佐弁をはじめとした方言は、東京(江戸)を中心として作り上げられた『共通語』から失われた古語の名残りなのではないか、という気にさせられます。
土佐弁に残る古語については、また別に場所を設けて語れればと思います。
否定のイ音便
次は、否定の際に発生するイ音便です。
打ち消しの助動詞『ない』は、『ん』になります。これは関西弁などでおなじみですね。
この『ん』が接続の助詞『で』と結びつく時、『ん』が『い』に変化します。
ワンピースのバギーがよく使う「やらいでか!」というのも、「やらないでいられるか!」という言葉が縮んでイ音便になったものです。
(私はワンピースにわかなんですが、ファンの方から「誤字?」「方言?」と言われていて気の毒でした)
イ音便の意外な発想
また、今回イ音便を調べていたら新しい気づきを得ました。
古文で『で』を打ち消しの助詞として使う場合があります。
有名な例文は、『枕草子』で中宮定子が清少納言を己のもとへ呼び戻す時の、
ですね。
学生時代、「どうしてこうなった!」と不思議がりながら覚えた人も多いと思います。
ですが、イ音便を念頭に置くと、少し理屈が見えてきます。
もっと古い時代(奈良~平安初期頃)は『言はいで』と言っていたのが、年月とともに『い』が脱落を起こして、清少納言の頃は『で』で打ち消しを表す助詞になったのかもしれません。
もちろん、私ごときが気づくのだから他に思い至った方もいると思うのですが、小さな発見をして嬉しかったです。
第1回のまとめ
長い人生で土佐弁を突き詰めて考えるのは初めてです。
もちろん、生まれた時から土佐弁を喋っている方々には圧倒的なアドバンテージがあります。
我々ネイティブ日本語話者が普段「『が』は主語につく助詞と否定の助詞があって……」なんて考えないように、文法を意識しないで慣れ親しんできた言葉を喋っているはずです。
ですが、感覚でかなわないところは理論で補うしかありません。
幸い、私は数多くの例から法則やパターンを見つけ出すのがそんなに苦手ではないようです。
この調子で、もっと土佐弁を学びたいと思っています。
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