関数男物語〜つながる希望02〜
一心不乱にキーボードを叩く。その度に、数男の脳内にあったイメージが具体化していく。先週末の慰労会を終え、職員にも本格的な夏休みが訪れた月曜日。出勤している職員もまばらになってきた。数男も長期の有給を取る予定だった。
にもかかわらず、数男は出勤し、黙々とパソコン作業を行なっていた。慰労会の際、高木に聞いたデジタル伝言板の作業はまだ始まっていない。しかし、数男は、デジタル伝言板が導入されるタイミングに合わせて仕上げておきたいものがあったのだ。
それは、「出席簿のデジタル化」である。毎日、担任が冊子にアナログで記入し、月末にデジタルデータとして自治体に報告する。それとは別に、養護教諭は感染状況や欠席状況を把握し、毎日、報告している。
この一連の作業の中には、「児童の出欠状況」というデータを、複数回入力することによる作業ミスという弊害がある。そして、その原因は、そもそものデータがアナログであるという点である。
そこで、数男は、思い切って出席簿をExcelで作成することにしたのだ。慰労会の際、用養護教諭の中島と話していた際に、ふと思いついたアイディアだったが、土日、のんびりと過ごしているうちに、頭の中である程度具体化したものだった。
出勤するなり数男は、教頭にあるお願いをした。それは、出席簿をExcelで作成することの許可を教育委員会からもらうことだった。
表計算小で使われている出席簿は、4月から12月までのページがある小冊子である。どうやらこれは、自治体共通で使われているものらしい。この冊子を担任が管理し、年度が終わる度に書庫にまとめられる。
しかし、公的な記録簿である学籍や成績に関する指導要録が存在する以上、出席簿という冊子の様式は本来、問われないはずである。 それに、毎月、出席状況などの情報は教育委員会などに報告しているが、出席簿を冊子として提出したことは一度もない。なので、これまで使っていた冊子ではなく、Excelで作成したものを印刷して保存しておいても問題はない。
そこで、数男は、担任が管理する出席簿をExcelで作成しようと思った。そのことを教頭に相談したが、前例がないということで、学校裁量では判断できず、教育委員会に確認をすることになった。
あいにく、出席簿等の判断を下す権限のある主事が会議中だったため、結果はわからないままだったが、教頭は数男の案にゴーサインを出した。しかし、一つ条件があった。それは、Excelで作成した場合でも、印刷後は、現行の出席簿とほぼ同じ体裁になるようにすることだった。これは、形式や体裁にこだわる主事を説き伏せるための要素でもあるという。
内心で「バカバカしい」と思いつつも、現行の出席簿を参考にしてExcelブックの体裁を整えていく。こんなとき、よくないことだとはわかっていつつも、数男は、自身の反骨精神に火をつけてしまう。
「やるからには、とことんそっくりにしてやろう。」と心に決め、実際の出席簿の余白やマスのサイズを測り、タイトル等のフォントをそっくりに仕上げていく。「これこそまさに、余計な作業だ。」とわかっているのだが、一度燃え上がった炎は簡単には鎮火しない。
Excelの場合、セルのサイズは「ポイント」という独自の表記がされている。このままでは、ミリ単位で測定した出席簿を再現することは難しい。また、実際の出席簿をExcelで再現しようとすると、どうしてもセルを結合しなければならない箇所も出てくる。
この「セル結合」は、データ処理をする上で最大級の障壁となる。コピペすることすら拒むことがあるので、本来は避けるべきだ。
しかし、恐ろしいことに学校現場では、このセル結合が頻繁に行われている。これは、方眼紙Excelと揶揄されることもある状態であるのだが、印刷した際のレイアウトを想定しやすいから多用されるのである。
そこで、数男は、シートの表示を「標準」から「ページレイアウト」に切り替える。すると、セルの大きさをセンチメートル単位で指定することができるようになる。この状態で体裁を整えていき、セル結合は必要最小限に留めた。
おそらく、セル結合による方眼紙Excelというのは、様式や体裁という文書の見た目を重視するという風潮とWordの操作性能がミスマッチした結果なのだろうと数男は考えている。その結果、本来、データ処理に用いるExcelを方眼紙にして、自由にレイアウトできるようにして文書を作成するという悪習慣が生まれたのではないかと思う。
確かに、一度に大量の処理をする際、形式は統一されていた方が効率的であるのだが。やはり、数男には馴染めない風習であった。
一通り形式が整ったところで、数男は、関数の入力に取り掛かった。使う関数は、非常にシンプルなものばかりだ。必要な関数は、出席日数を反映させるための「=」と、欠席日数を数えるための「countif関数」くらいだ。
「病欠」「出席停止」「忌引き」といったように、欠席理由を分類する必要があったが、仕組みは一緒である。そして、出席日数と欠席日数の集計をもとに、出席率を求める関数も簡単に組み込めた。これで、毎月、電卓片手に作業したにもかかわらず、微妙なミスが発生していた出席統計も自動で算出される。
日々の入力に関しては、出席している状況をデフォルトとして、欠席した場合に、リスト選択できるようにしたことで、ご入力を避けられるようにした。
出来上がったシートを片手に、数男は校長室へと入っていく。そこには、学籍担当、養護教諭、教務主任、教頭、校長が待ち構えていた。