てくてく北へ #9 「旅の終わり」(森山智仁)
【この連載について】
フリーライター・森山智仁さんが、2023年4月から半年間、鹿児島から北海道まで各地の山に登りながら、ほぼ徒歩で日本縦断する旅「#日本縦走」。このチャレンジを「食」の観点から綴るフォトエッセイ、ついに大団円!
北海道の初秋の絶景と、徒歩旅の疲れをいやす味覚の数々を、最後までお楽しみください。旅の詳細は、森山さんのTwitterやyoutubeで振り返ることができます!
(前回の記事はこちら)
突然ですが、僕の部屋を紹介します。遊びに来たい女子はご連絡ください。
ウソです(・∀・) こちらは9月8日に泊まった、旭岳温泉「ベアモンテ」の客室。快の適! ガチでここが自分の部屋だったらいいのにと思いました。1泊夕食付きで2万円を超える、この旅で最高の贅沢。大浴場も広々、お食事も素晴らしく……
申し訳ないことに盛り付けの技量不足で、十分に良さが伝わっていないかもしれませんが、非常に上質なバイキングでした。好きに取っていいデパ地下です。全部にきちんと料理名書いてあるし、放たれているオーラが別格。
旭岳温泉からトムラウシ温泉までの縦走路は、大雪山系の代表的なルートにして、2009年7月に大量遭難事故があった現場でもあります。凄惨な事故があったから――というとちょっと不謹慎ですが、そういう興味も正直ありましたし、北海道のど真ん中の山々をずどんと歩くのはどんな感じだろうと、長年気になっていました。
北海道最高峰の旭岳(2291m)を通過して、初日の宿は白雲岳避難小屋のテント場。このあたりはヒグマが半ば定住してしまっているらしく、8月の下旬にはテント場が一時的に閉鎖されていたようです。
シマリスならいくらでも出てきていいから、ヒグマは出ないでほしいなあと思っていたのですが……
翌朝、出発して3分ほどのところで、お食事中の親子に遭遇。熊よけ鈴の音は確実に聞こえている距離なのに、親はともかく子どもたちまで、まったく意に介していない様子でした。あわあわと避難小屋へ引き返し、10分ほど待機。視界が開けて急な鉢合わせの恐れがないところまで、同じ方向へ行く人たちが一緒に歩いてくれました。
横にした剣のような忠別岳を越えて、2日目はヒサゴ沼避難小屋のテント場に宿泊。雪渓の下部で水を汲んで、夕食をこさえます。
本州以南ではそこらへんの沢の水でも(上流に人の生活がないことを確認した上で)平気でそのまま飲んでいましたが、キツネが生息している北海道の水はエキノコックス症感染の恐れがあり、要浄化 or 要煮沸。浄水器は持っていなかったので、ガスの尽きた時が安全に飲める水の尽きる時だと思うと、ちょっと緊張感がありました。
3日目は朝から霧が濃く、雨になるかなあと思っていたのですが、幸い降ることはなく、トムラウシ山に近づいていくと「登ってこい」と言わんばかりに霧がフワッと晴れて山頂が姿を現しました。「言われなくてもな」と登っていくと……
お前登ってこいって言ったじゃねーか!(笑) まぁ、これが自然というものです。なかなか思い通りにならないからこそ面白い。
さて、通常ならここで活動終了し、新得や帯広までバスや送迎車で下りるところですが、自分はもう2日歩いて下ります。旭岳温泉から新得の町まで丸5日もかかるわけですね。実に広大。東大雪荘の翌日は「山の交流館とむら」に宿泊しました。
こちら、郵便局やカフェも兼ねていて、経営しているのは美人揃いの母娘3人という、小説の舞台になりそうな要素がてんこ盛りでした。しかもただ美人ってだけじゃなくて「感じがいい」を凌駕した明るさがあるんですよね。あの、好きです(告白)。
ログハウスの内部を一通り探検して荷物を置くと、まだカフェが営業中だったので、遅めのお昼をいただきました。
まろやか〜! 場の空気も心地よくてすごくおいしい。お飲み物は蜂蜜付きハーブティーです。旭岳〜トムラウシの縦走で感じていた緊張感がするすると解けていきました。
鹿のカツをメインに、感動的な品目数。一つ一つ「うまっ」って喜びながら発芽玄米のごはんをわしわし食べます。特においしかったのは右の上の三連小皿。
左から、ギョウジャニンニクの醤油漬け・ふきのとう味噌・いぶりがっこです。どれもおにぎりにして持っていきたい。
朝は名物の鹿肉バーガー。手に持った瞬間「これは絶対うまい」とわかる柔らかさでした。バンズの胡麻もいい仕事してます。今まで鹿肉は何度か食べる機会がありましたが、「普通においしいじゃん」でなく「積極的にうめえ!」と感じたのは、この鹿肉バーガーが初めてかもしれません。牛乳プリンのベリーソースもおいしかったです。甘過ぎず、口の中でとろけながら甘さが追ってくる感じでした。
新得のゲストハウスで1日休み、そこら中にある牛舎の匂いを嗅ぎながら東へ。道東は1日あたりの移動距離が本州以南に比べて長く、正念場です。オンネトー野営場にテントを張って……
中央やや左下に見える「青沼」は、ちょっと怖さを覚える美しさ。風に吹かれて小さく波立つさまはため息が出るほどでした。
その翌日は旦那さんの雄阿寒岳(1370m)に登るため、二つの山の間に広がる阿寒湖の宿「東邦館」に宿泊。こちらでは湖と海の幸を堪能させていただきました。
お刺身は阿寒湖で獲れた鯉のあらいと、オホーツク海のタコ。どっちも酢味噌にめちゃくちゃ合う! ムキガレイの煮付けでごはんが進まないわけがないし、スープカレーもスパイスが効いていて美味でした。
右上の串が刺さってるのは阿寒湖のワカサギです。氷に穴開けて釣るやつですよね。感動したのは、小さな葱を挟んで一種の「ねぎま」になっていること。葱の香りがワカサギの味を引き立てていました。
さぁ、長かった旅もラスト2座! 摩周湖から北東へ進み、斜里岳の中腹にある山小屋「清岳荘」に宿泊しました。ちょうどこの翌日(9/24)が2023年度の最終営業日。だから、ずっとスケジュール厳守で歩いてくる必要があったんですね。すべて計算ずく。
「お車のナンバーは?」
「あ、徒歩です」
「徒歩……?」
という定番の会話から日本縦断の話になり、感心した管理人さんがカボチャの煮物をお裾分けしてくれました。
うんま……! とっても甘くてあったかい。なるべく人に頼らないことをモットーの一つとして歩いてきましたが、やはり人の思いやりに触れるのは良いものですね。過去イチでおいしいカボチャでした。
鹿児島湾から歩き始めて、ついにオホーツク海までやってきました。残り1座! あの海岸沿いを東へ。いよいよ最終局面というところで、連日の長距離移動が祟り、ちょっと左足に不調を感じ始めます。今まで一度もできなかった靴擦れができ、腿の付け根に若干の痛み。
「ここまで来て退がれるか」
という思いと、
「でも無理はしないのがおれの登山だ」
という思いが重なり合っていました。
靴擦れはバンソーコーと温泉で回復。腿の付け根は入浴後と就寝前にアイシングしたのが効いたのか、最終決戦の朝にはほとんど気にならなくなっていました。
これなら行けるぞと、順調に登高。ところが、今度は晴れ予報にもかかわらずもうもうと霧が立ち込めて、雨まで降ってきました。雨はすぐにやんだものの、登頂時も霧は晴れず……
日本縦断は達成したけど、惜しかったな〜と思いながら下山。ゴールとなるホテル「地の涯」(なんていい名前なんだ)の入り口で、自分の後ろ姿を撮ろうと四苦八苦していると、現れたお兄さんが太陽のような笑顔で「撮りましょか?」と言ってくれて、山頂でのモヤモヤが帳消しになりました。
しかもこの「地の涯」、最後を飾るに相応しい最高の宿でした。露天風呂にそこそこ深さがあって、座るのにちょうどいい自然石が置かれているのです。足が伸ばせても床座りだとちょっと疲れるの、おわかりになる方はいらっしゃらないでしょうか。個人的には座って寛げることが超快適で、泉質も良いし、火照った体を外気に晒せば秋風が心地よく、大満足でした。そしてお風呂上がりは……
普段なら「並」一択のところ、自分で自分を褒めてあげました。バイツブっていう貝(右中段)、たぶん初めて食べましたけど、噛みごたえがあっておいしいですね。もごもごする楽しさがある。その上は「北寄冷やし蒸し」だそうで、わさびがいいアクセントになっている冷たい茶碗蒸しみたいなやつでした。和え物(センター)は、カラス鱧と茗荷と胡瓜で、定期的に食べたいさっぱり味。もともと一人だから無言なのに一段と静かになりながらカニと格闘し、もずく飯(画面外)にイクラを乗せてフィニッシュ。
X(Twitter)やLINEでも大勢の人がゴールを祝ってくれて、幸せな眠りへ。ここだけの話、「田中陽希の下位互換じゃん、ざぁこ💕 よわよわ足腰💕」みたいな反応も来るかな〜と身構えていたのですが、少なくとも認知している範囲では1件もありませんでした。
総距離3100km! 歩いたな〜。予算180万円に対して、総支出は167万4995円、1日平均9410円でした。あまりケチらず食べたいものを食べていたのですが、たまの贅沢は格安のテント場・山小屋で相殺され、野宿禁止ルールでも1日1万円以内に抑えることができました。余ったお金は新しい登山靴などを買うのに使おうと思います。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました! 最後にお知らせです。「そもそもなんでこんな旅をしようと思ったのか」そして「どんな準備をしたのか」、出発までのプロセスが手厚く書いてある旅行記を発表しました。
旅の本編は時系列順でなくピックアップ形式なので、この連載をお読みいただいていた方々も改めてお楽しみいただけると思います。道中のメモを「これはグルメ連載、これは旅行記」と分けておいたので、あまり重複もないはずです。
登山と無縁の知人たちにも読んでもらって、好評をいただきました。山をやらないからこそのフィードバックも受け取り、手直ししたので、だいぶ読みやすくなっていると思います。ぜひお手に取ってみてください。
たくさんの山を渡り歩いて、おいしいものを食べて、本当に楽しい半年間でした! 次の長旅へ向けて、しばらくは資金作りに勤しみます。
【ご愛読ありがとうございました!】
文・写真:森山智仁
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●森山智仁のyoutubeチャンネル「東京登山」
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