エッセイ「鼻水とカレーライス」
寒い季節にカレーライスを食べると、その味とともに、
込み上げるように思い出す一つの記憶がある。
私が小学生の頃に通っていた学童保育の野外活動に「カレー作り教室」というイベントがあった。何のひねりもないイベント名だが、我々子供たちは、カレーが食べられるというだけで沸き立った。東北・岩手の真冬、しかも日曜日の開催にも関わらず、学童に通っている子供ほぼ全員が集まった。子供たちにとって、カレーの威力は凄まじい。
良く晴れた寒空の下、大人と子供で役割分担をして、教室で切り分けた約五十人分のカレーの具材を校庭へ運んでいく。
まだ若く、皆のお姉さん的存在である武田先生(仮)が冗談を言ったりして、場の気分を盛り上げる。普段は厳しい学長や先生たちも、この日はどことなく陽気で開放的に見えた。保護者と先生たちも仲良く世間話などをしている。楽しさは年齢差や立場を超えて一体感を生んだ。料理も捗った。
私たちは、学童の小さな校庭に出された大鍋に材料を入れ、煮込み始めた。
焚火の炎が凍えた体をじんわりと解してくれる。冬の焚火は心に染みる。
屋外で見る肉や色とりどりの野菜は、私の胸を躍らせた。
カレーの沸騰するボコボコという音がそれに拍車をかける。先生が大鍋にルーを入れた。
あとは煮込むだけだ。皆、昼食にカレーライスが保証された安心感と、食べる事への期待を抱きながら、カレーが出来上がるまで、空腹のまま思い思いの時間を過ごした。
もう昼の十二時は過ぎている。待てない。私はカレーの様子を見に大鍋の方へと走った。
すると、先生や保護者たちが大鍋の横に集まり、深刻そうな顔をして黙っている。何事か。
まあ良い、カレーは今まさに出来上がろうとしているのだ。それまで遊んでいよう、と呑気にしていると、学長が全員集合の号令をかけた。
ついに食べられるのかと、私と私の腹は歓喜した。そして卑しくも、食べる前からお代わりを狙っていた。
絶妙に色づいたカレーの香りが、もうもうと蒸気を上げて漂っている。
約五十人分のカレー。迫力満点。
集合した我々子供たちは、やっと昼食にありつけると安心しきっていた。
空腹と期待のボルテージはすでに絶頂を超えている。
その反面、先生たちの顔色が良くない。
周りの子供たちも様子がおかしい事に気付き始めた。
「皆さんに謝らなければいけない事があります」
学長は神妙な面持ちで話し始めた。皆、謎の緊張感に包まれながら息を飲んで聞いていた。
「カレーは出来ましたが、武田先生の鼻水が、カレーの中に入ってしまいました。皆さん、このカレーを食べる事が出来ますか?」
突拍子もない言葉だった。
学校では決して出題される事の無い難問。
学長によると、ルーを入れる時に、武田先生が大鍋の中に鼻水を垂らしてしまったそうだ。武田先生は肩を震わせながら涙を流し、下を向いている。これはただ事ではない。
いつも明るく元気な皆の人気者が泣いている。
鼻水は入っているけども、空腹は止まない。鼻水とは言え、大好きな武田先生のものだ。
大丈夫、食べられる。いや待てよ、どんな人のものでも鼻水は鼻水だ。他人の鼻水を食べるのか。しかし、武田先生の事を考えると、心苦しい。私たちが食べてしまえば問題は無くなるのだ。武田先生も許される。毒などではないのだ。食べてしまえ。
しかし、しかし…。
子供ながらに葛藤した。
一分程、風と焚火とカレーの煮える音しか聞こえていなかったように覚えている。
「はい!食べます!」
突然、普段は大人しい一人の子供が勢いよく手を上げ、沈黙を破った。
気が付けば私も「食べます!」と続いていた。
鼻水がどうこうよりも、武田先生の涙を止めたかった。
そこにいた子供たちはほぼ全員、同じ考えだったのではないか。
不満げな子や、もはや何が起こっているのか分かっていない子も中にはいたが、
皆が鼻水の入ったカレーを食べる事に同意していた。
先程までの盛り上がりは失せ、皆、黙々とカレーをよそい、目の前に皿を置いた。
「いただきます!」
私は黙々と食べた。鼻水が入っている事を忘れようとしていた。
カレーの味は分からなくなっていた。武田先生のすすり泣きと食器の音だけが聴こえていた。仕方のない事だと理解していても、どうしても、ご飯に鼻水をかけて食べているような気持になってしまい、味がどうこうという話にはならなかった。無我夢中で胃袋に詰め込んだ。子供も大人もほぼ無言で食べている。
カレーを美味そうに食べていれば先生の涙は止まるか、そればかり考えていた。
武田先生は、子供たち一人一人に話しかけ、謝っていた。
「せっかく一生懸命作ってくれたのに、ごめんなさい」
私にも声を掛けてくれた。武田先生を責める気など、毛の先程も無かった。
「大丈夫だよ、外で食べると美味しさ倍増だね」
私は虚勢を張った。鼻水の事など気にせず、いつもの明るい先生に戻って欲しかった。
武田先生は、子供たち全員に詫びた後、一人でカレーを食べていた。
その姿を見て、どうにか先生の笑顔を取り戻す事が出来ないか、子供ながら頭を働かせた。
残念ながら名案は浮かばず、その場で先生を慰める事は叶わなかった。
食後に、誰が提案した事なのか分からないが、子供が一人ずつお立ち台に上り焚火の炎に向かって何か好きな事を一言叫ぶ、というコーナーがあった。叫ぶ意味を理解出来なかったが、大声を出したら気持ちが良いかと思い、参加した。子供たちはそれぞれに声張り上げて叫んだ。中には「足が速くなりますように!」などと、焚火に向かってお願い事をする者まで現れた。炎に向かって好きな言葉を叫ぶのは意外に楽しい事だった。
私の番が来た。お立ち台に上り、炎を睨んだはいいものの、叫ぶ言葉が思い浮かばなかった。
混乱した私は、焚火に向かって「燃えろ!」と叫んでいた。
すでに燃えているものに燃えろとは、何を叫んでいるのだと、急に恥ずかしくなった。
笑い声が聞こえた。その方向を見ると、武田先生が笑っている。
やった!私は心の中でガッツポーズをした。
意図してか知らずしてか、焚火に向かって子供たちが叫ぶというコーナーは功を奏し、
武田先生を涙から救った。先生たちも、鼻水の事は忘れて楽しそうにしていた。やってみるものだ。陽気な皆の人気者は見事に復活した。
その後、学童や学校で「カレー作り教室」での出来事を話す者はいなかった。
子供たちが暗黙の了解で、武田先生を泣かせないために、噂を広めなかったのだと思う。
肌でそう感じた。
あれから約四十年、あの微笑ましい事件の記憶は、今でも私を楽しませる。
ただ、焚火に向かって「燃えろ!」と叫んだ事は、長い時を経た今も、
時折、私の耳を熱く、赤く染めるのであった。