独裁者の統治する海辺の町にて(22)
話は戻るが、5月に凛子とおれが殺った記者の永川謙二は手帳を持っていた。そこには主に中央電力と党との密約について記されていた。彼が独自に調べたこともあったが、有益な情報は彼の血のつながりのない姉(実際は恋仲)の安倉雅子から入手したものだった。安倉雅子は党の工作員として秘密裏に中央電力の幹部と交渉していたので、色仕掛けや買収も含めて密約の内容が具に記され、その上、原発建設のタイムスケジュールまで載っていた。そして、末尾に、調査中案件として、多良崎町長が県会議員の息子を使って東越電力と接触していることが付け加えられていた。永川はもう一冊別の手帳を持っていた。それは「姉」の安倉から渡されていたものである。
永川殺害の翌日におれは永川の手帳の方を平良主席に提出していた。だから、長者岬の原発建設計画を「漏らしたやつ」が誰か、おれも平良主席も知っていた。滑稽だろう。つまり、主席は「知っていること」の調査を命じ、おれは「知っていること」を知らない振りをして調査することにしたのだ。主席に上納する情報を先に見ることはおれの地位では御法度だ。もしあの時多良崎の名を出していればおれは今ここにいなかったかもしれない。
じゃあ、なぜ主席は「知っていること」を調べさせるのか。それは、邪魔者を消すには具体的な「ブツ」、動かぬ証拠ってやつがいるってことだ。そして、消した後にもその「ブツ」がものをいうのさ。
長者岬の土地は地名からも分かるように、江戸の昔からこの町を仕切ってきた多良崎一族の所有だった。この男はどういう経緯からか党の計画を知り、先手を打って東越側と裏契約を結ぼうとしていた。やつは党の指示通りに動くことが割に合わないと判断し、新たな利権獲得を狙ったのだ。
既に西ヶ岬の土地の方は町有地、つまり党の所有になっていた。党は多良崎に10人ほどいた地権者を説得させ、その所有権を手に入れた。評価額の5割増しだったので地権者にも悪い話じゃない。それでも手放すことに抵抗したものが2、3人いたが、もうこの町にはいない。たぶん消されているはずだ。なぜかって?おれの親父と同じで、あいつらの計画を見抜いていたからさ。まあ、いい。町長はその見返りとして原発利権の3割と反町長派の一掃を党と確約していた。凛子が殺った太田清吾はその反対派議員のリーダーだった、おっとそれは前に言ったっけ。まあ、いい。話を進めよう。「利権の3割」・・・それは息子を大臣にするのに十分すぎる財源である。それで満足してればいいものを。自分たち一族の土地だったために、変な欲がでてしまったのが運の尽きだった。まあ、どっちにろ消されることには違いなかった。この一件はやつの死期を早めただけだ。多良崎は自分を党の共犯者と思っていただろうが、党にとってやつは「駒」にすぎなかったということだ。
党は長者岬一帯の土地をもとから町有化するつもりでいた。だから、そのほとんどを所有している多良崎はもともと邪魔だった。多良崎の町長の任期はあと2年、それが彼の余命のはずだった。党は次期選挙で町長を入れ替える計画だったからな。だから上部組織から計画の遅滞を指摘されていた党にとってはこの多良崎の逸脱はむしろ好都合だったのさ。やつを予定より早く処分する理由が見つかったわけだからな。
次の町長は党の細胞でなければならないが、同時に町民にとって納得のできる人物である必要がある。となると該当者は、県会議員の多良崎の息子だ。町長を始末し、親子が東越電力側からの「賄賂」をもらっていたことをネタに脅迫すれば、彼は文字取り党の手足となって動くだろう。才覚も度胸のない苦労知らずのお坊ちゃんだからな。もちろん免罪符として長者岬の土地は相続直後に町に寄付されるだろう。それで二基の原発の土地が確保できたことになる。めでたしめでたしだ。まあ、そんなところだ。
(続く)
#小説 #創作 #短編小説 #連載小説 #鯨
#文学 #組織 #少女 #漫画原作 #連載小説漫画
#原発 #原子力発電所