現在過去未来へ。

母方の先祖代々の土地に小さな民宿を建てさせてもらい細々と営業を始めて丸12年。干支を一回りします。
働き盛りで主人が突然死し、子ども2人と老後まで贅沢をしなければ暮らしていけるだけの生活費が遺されました。
その頃はぼんやりと生きている。という感じでマンションの窓から見える小さな空のように私は老後まで、いや老後でもこのグレーに見える景色を生きていくのだろうか、と思っていました。残された私にするべきことはあるのだろうか、これからの人生で出来ることはないだろうか、と。
そんなある日の朝、田舎の土地に宿を建てようと思い浮かびました。これまで私に関わってくれた方々への感謝の気持ちを形にして、ゆったりと田舎を感じてもらえる場所をつくろう。 
自分のルーツを知り、その土地の上を歩き土を触る。なんて素敵なことだろう。老後資金として貯め込むより生きるお金を使いたい。
母子家庭で育った私は、たぶんそんなに裕福ではない時期もありました。両親の離婚に伴い、色々ある中で行き着いた場所は文化住宅という建物でした。台所2畳、和室2畳と6畳、お風呂は無く奥のトイレの窓を開けると墓地でした。働きに出る母の代わりに小学5年生で、弟とまだ3歳の妹を毎日、銭湯に連れて行き夕飯を作って食べさせていました。ある日、一個10円の駄菓子を欲しがって泣く妹のため、家中を探し回って1円を10枚見つけて買った話を帰宅した母に話したら、こっぴどく恥ずかしいことをするな!と叱られました。子どもながら、1円でもお金、恥ずかしいと思う気持ちがわかりませんでした。
老後、贅沢しなければ暮らしていける額を使って未来の自分の健康と子どもたちと今まで関わってくださった方々への安心安全な食べ物と自然に触れることで生まれる気持ちの豊かさを作ろうとの思いで小さいながらも宿ができました。子育て中のお母さん方の心の休まる場所でもありたいと願い、長らく幼児は無料としています。1日1組さま限定なので泣こうが騒ごうが走り回ろうが、他の方に気を使かわずに過ごしてもらえるようにと思っています。ハイハイしていたお子様が小学生になられた、小学生だったお子様が成人を迎えられたなど長らくお付き合いをいただいています。あそこに行けば少し口煩いおばちゃんと変わらない景色がある。いつか小さかった子どもたちが、自ら宿に来て懐かしんでくれるそんな日が待ち遠しく思います。





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