コーヒーと、本と眼鏡と罪悪感
久しぶりにゆっくりできるなぁ、という時間があったのでコーヒーを淹れて本でも読もうと思った。
とはいってもインスタントコーヒーで、熱湯を注ぐだけ。
シナモンの粉末をパッとふって香り付け。
タイトルに惹かれて、よく知りもしない作家の本を中古で買った。まとめて三冊。
二冊読み終わった時点でどうも私には合わないと思いつつも、自分の感性とは違うモノに触れることも大事だと。
せっかく買ったことだし、もうこの作家の本を読むことも無いだろうけど、本の買い取りに出す前に悔いの無いように読んでしまおうと思った。
本を読みながらコーヒーを飲もうとすると湯気で眼鏡が曇る。
本を置いて眼鏡を外してじっくりコーヒーを味わったら良いのだが、それができない。
本を読みながらコーヒーを飲みたいのだ。
最近ではあまりしなくなったが、子どもの頃からテレビを見ながらご飯を食べるとか、それこそポップコーンを食べながら映画を見るとか、運転しながら音楽を聴くとか、いわゆる「マルチタスク」になるのかもしれないけれどそれくらいの「ながら」はしてる方が自然な気がする。
私に集中力がないだけの話なのかもしれないが。
コーヒーを見て、嗅いで、感じて、味わって、それから集中して本を読む… 何て事はどうもできない。
だから本を読みながらコーヒーを飲みたいのだ。
しかしそうすると湯気で眼鏡が曇って読めない。
まだ眼鏡族になって日が浅いのでどうもこの眼鏡が曇ることにうまく対応できない。
そうか、飲むときに「ふぅーっ」てする癖があるから曇るのか。
息を吐かずに、湯気を顔に当てないように吸いながらそのまま口をつけてゴクッといけば良いのではないか。
しかしストーブのヤカンから注いだ熱湯コーヒーだった。
「あちっ!」 吹き出した。
中古ではあってもきれいな状態だったのだが、コーヒーの飛沫がついてもう外へは出ていけなくなったこの本。
気に入ればうちの本棚に置いてやれるのにと思いながら読んだら、なんか良いかもと思えてきたのは罪悪感からか。