【伊木ヒロシ名言集】ナゼを大切にすることは学問の本質

ども。kissyeeです。

伊木ヒロシさんの『心に宿る名言』を濃縮還元でお伝えしていきます✨

皆さんに届きますように (。・`з・)ノ

本日の名言(2020.03.27)

ナゼを大切にすることは学問の本質 (by 伊木ヒロシ)

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私の仕事は構造設計です。世の中の建物や構造物の悪いところを直すお手伝いをしています。

設計の分野に進むと、法律とか基準書とか難しい計算式や言葉がぎっしり詰まった書類や本を相手にする覚悟が必要です。

先人たちがたくさん試行錯誤して、勉強して、実験して『もぅ嫌ぁぁぁぁー( `Д´)/』とか叫びながら四苦八苦して、後世のために本や資料として残してくれているのが分かるようになると、この文章にどんな意味を込めたのか?気になって読むようになります。

何事も、鍛練・反復・継続 です( ・ω・)ノ

特に反復していくと、難解な文章も読めるようになってきます。不思議なもので10数年も続けていると、アレルギー症状のような嫌悪感はなくなって、難しいのが当たり前になりました。

この域に来るといわゆる「専門家」と呼ばれるようになるのだと思います。

もしかしたら、自分の性分に合ってるからかもしれませんが、分厚い書籍を開くとき、ちょっと『ムフフ(`・∀・´)』と思ったりします。

若干、変態寄りのkissyeeです(´ 3`)チュー


さて、今日のテーマは「ナゼ?」です。

伊木さんはこんなことを言ってます。

ナゼを大切にすることは学問の本質

ほほーん。

では「学問の本質」とはいかに?


((((( ´~`)ゞワタシワカラナ-イ


(考えたこともなかった( ;´・ω・`)ウゥゥ)


そう言えば、伊木さんはこんなことも言ってました。

体験を通じて使える知識・知恵を得て、学問の本質を見極めること。何を学ぶ必要かあるのか?何を覚えなくて良いのか?を知るべき。

つまり、思うに、学ぶ行為には自分なりの選択が必要なんだろうと思います。

何を学ぶのか? 

何を学びたいのか?

学んでどうしたいのか?

学ぶことは、歴史の年号を暗記したり、九九を言えるようにするということではなくて、ナゼそうなったのか?ナゼそうしなければならないのか?を探求するところにあるようです。


小さい頃、親にまとわりついて なぜ?ナゼ?何故?why?と連呼していなかったでしょうか。

知りたいことがたくさんあって、知りたくて、尋ねて、試して、壊して、作り直してみたりしたんですよね。自分で答えを探すために創意工夫してたなと思うのです。

学問の本質が学んだ先にあるとするならば、まず初めに「ナゼ?」と考えることが必要なんだろうと思います。そう考えなければ学びは何も始まらない。


成長して、大人になって、いつしか「ナゼ?」と思うことが少なくなるのはどうしてだろう。

何故「ナゼ」を失ったのか?w まるで禅問答のようなこの問いはこのあと自分でゆっくり考えてみようかなと思います。

今日はこの辺で( ・ω・)ノオツカレー

kissyee

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