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ねえ、サステナブルでいいと思う?

またはそれでは遅いんじゃない?そんなぼんやりとした疑問が何年もありました。
安全圏はなく限界だ、または限界越えしている。
何かが終わりに向かっている、もしくは強制的に終わらせないといけないものがある。

そこからの”持続可能”じゃダメなの?かなり先かもしれないが。

どこかの誰かの批判にならないように書き進めたいけど、言葉をきれいにオブラートに包む技術がない私には正直に書く、という技術しかありません。(泣)
以下、
また身も蓋もない、オチのない余計なことを書いてる気がしないでもないが続きます。

世の中のSDGsブーム(あえてブームと呼ばせてもらう)、
あふれているサステナブルをコンセプトをしている団体やビジネスを少し冷ややかな視線で見ており、自分のその思いは偏っているんじゃないか、ひねくれているんじゃないか、自分の「純粋」なところだけで物事を見ていないか?と気持ちをとどめて誰かと話したことは一度もない。世界がその流れなのだから、疑問を話題にするだけ野暮なのかもしれない。と


国連がSDGsを採択したのが2015年。ここから2030年の15年間で達成する目標が17項目もあるのだけど、私にはそれがあまりにも広域すぎてちんぷんかん。頭悪いのだろう。関連する本を2冊読み、なるほど今のライフスタイルを見直しを促すいいSDGsもあれば、言葉は悪いが金儲けのものあることを知りました。それまでメジャーではなかった分野が注目されたという事実もあるのでやはり全面的否定してはいけないようです。だけどずっと引っかかりがある私。
さらにはサステナブルとSDGsは違うらしいが私は同じとして見ています。

持続可能でいいのか?

他の分野ではなんとも言えないが、
地球環境においてはやっぱ”サステナブル”じゃないよな。そんな呑気なこと言ってらんないよなあ。
日々、どんどん環境は変化していっている。きっと人間の想像以上に。
新型コロナが世界中で流行した時にわかったはず。
ウィルスの進化の驚く速さ。
そして毎年のようにおこる自然災害。
2015年の時点では持続可能で決定だったかもしれないが、たった数年で世界が変わった。これからもものすごい勢いで早さで世界は変わっていって、社会は乱れる。
ということを。
それでも世の中はSDGs方向で進んでおり正直嫌気がさしました。
でも代案は?と聞かれたら、知識がない。ついでにお金もない(笑)
わからない。それじゃないという勝手な確信、だけ。

そんな時運よく映画「杜の人」を観ることができました。
風と水の通り道を作りながら物言わない大地の再生をする人。
造園家・環境再生医の矢野智徳さんの活動を追ったドキュメンタリー。
(フランス上映も決まったそうです)

これだ
「再生」
(代案ではないけどこれだ、となった)

矢野さんの考えは新しいものではなく(空気と水の循環、地の呼吸に着目する)、やり方もいろんな専門家から見ると意見はあるだろうし、周りから理解されず、非難されることもたくさんだと思う。しかし人と自然の付き合い方を考えるうえで、大地の詰まりをかなり早くから警告されていた彼の言葉一つ一つが私には刺さったんです。
環境に優しい、地球を癒そう、そんな生温い言葉ではないけど、厳しく重々しい深刻さを突きつける感じでもありません。
映画のパンフレットはシナリオ完全収録しているので、ここに紹介したいくらいですが長くなるうえ著作権などあるかもしれないのでやめておきます。矢野さんの静かでひたむきな情熱とかなり強い意志はひかれるものがありますが、現場のスタッフは大変だろうなあともチラリ思ったり。

読み応えたっぷり


脱線しますが、うちのすぐ近所の空き地で中古農機/重機/工作機械買取り商売を始めた人がいるんです。ナンバープレーは外したものの置き場。
自宅からの景色が変わっていくたびに悶々としていた矢先、ついにそこにドラム缶を置き何かを燃やし始めた!黒煙と強烈な匂いがうちの中まで。どこの火事だ!?とあわてて外に飛び出たほど。
瞬間湯沸かし器とはこのこと、穴という穴から湯気がシューシューとしている自分がわかりました。すぐに直で異議申し立てをしようと一歩出ましたが「待て、これはおそらく地元民ではない。市内の人でもないだろう。ということは、いろんな背景があるからもめるのは嫌だ。一旦冷静になり警察に相談だ」
ということで警察と市役所に相談。その後、誰かが間に入ったのかわからないのですが今のところ再び野焼きはしていない様子なのですが、部品は解体してなぜかその場に置かれたまま!
「やめてくれ、、、オイルとか残っていたらそこの土壌にすぐに染み込んでいくじゃないか。すぐにこの地は臭くなっていく。いまや田舎は至る所そんなところだらけだ。廃材買い取り置き場だらけ!これ以上汚さないで!そしてあなたたちはわからないだろうが、足元の土壌にはたくさんの微生物がいるんだ。」
心の中で叫びます。

現在は倍の量 山ができるかも

若干怒り気味で環境とかSDGsについて考えている人が(私)すぐ近くに住んでいても今日もクレーン車でいろんなものが運び込まれてます。
そんな時ふとネットで見つけたサステナブルをコンセプトとした団体の概要欄にあった文章にこれがすべて含まれていたんです。
「サステナブルでホリスティックでウェルビーングでパートナーシップでグローバルでエシカルでプラスチックフリーがレガシー」

ある意味すごい。真面目にやられているんでしょうけど、私にはまったく伝わらない。目の前の廃材だらけの風景とのギャップがすごくてなんだか泣きそうになりました。自分があまりにも時代遅れなのかな?繊細すぎ?HSPすぎか?
というかこんなにも環境に熱くなっている自分にも、なぜそんなに?と問いたくなります。

しかし私は矛盾だらけの人間でして、
自分のまわりが汚されてることに沸点が上がっても、H3ロケット打ち上げ成功には大喜びでした。幼い頃からロケット打ち上げの瞬間が好きなんです、うちから遠目で見えることもあり。今回はプロジェクトマネージャーの岡田 匡史さんを応援しているということもありますが。
ロケット開発、打ち上げはとても環境に良いとは言えません。けど、私たちの生活には切り離せないものなので開発はとても気になります。

わかります?H3


いまだにエコバッグという言葉がしぶとく残り、自給自足生活というスタイル(厳密にいうと無理だと思う)やオーガニックコスメがエコになりorz
それで経済がまわるのであればいいことなのかもしれないが、なんだか解せない。なにかが。ほとんどが人間側からの視点で進んでいるように見えるからなのか。
あちら側とこちら側では「環境」はなりたない。人間中心の考えでは。

SDGsのことをいろいろ巡らせていたら2人の学者のネット記事を見つけました。

SDGsにこの方を選んだのってなんかすごい

いつの写真だろうか、斎藤さん、なんだか風貌が変わりましたね。


自分が何を選んでいくのか、何を選んでそこにどうお金を使うのか。今まで以上にシビアになっていくのかもしれません。いろんな情報が溢れていて、SNSも何かが限界で。
私なんてほとんどお金を稼いでいないので尚更です。
お金の本やエネルギーの回し方の本はたくさんあり、いろんな人がいろんなことを言っているけど、結局最後の決断時は自分。自分のサステナブルは大切にしていきたいです。

能登半島地震の支援金、義援金の振込先をずっと迷っていて今に至っていましたが、矢野さんの能登震災環境再生事業を応援したいので、先日わずかながら振込みました。
映画の中で災害地で活動されている様子があり、支援作業内容に感銘を受けたんです。信頼できる動き。息の長い支援をしていくつもりです。ほんのわずかばかりを半年か年に1度ほどですよ。
私のSDGsです。

SDGs発足からこの10年で世界の状況はよくなったのだろうか?
2030年まであと少し。
覚悟はよいかすべてにおいて覚悟はよいか。」by 松下幸之助

2月なのに梅雨のような日が続き、大雨にむかってなぜ?と問いかけてしまった今日。

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