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書評:アンドレイ・ダマレードのDivided Loyalties: Displacement, Belonging and Citizenship among East Timorese in West Timor

※私の学術書の書評では、著者の意図を重視した作品概論、内的・外的な批評、そしてどうしたらさらに良い本にできたかなどについて同じ研究者の立場から書いています。

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作品概論

アンドレイ・ダマレードのDividied Loyalties: Displacement, Belonging and Citizenship among East Timorese in West Timor(分裂した忠誠:西ティモールの東ティモール人たちの追放、帰属意識、市民権)は彼のオーストラリア国立大における博士論文に基づいた書籍だ。ソフトコピーが出身校であるオーストラリア国立大の出版局から配信されている。ダマレードは、博士課程の後、京都大学の東南アジア研究センターで博士研究員となり、書き直したものが本作の出版に至っている。

2002年の東ティモールの「独立」後、東ティモール関連書籍が多数出版されている。しかし、大多数はインドネシアからの独立を勝ち取った側である東ティモール独立運動家やゲリラたち=勝ち組に焦点を当てた作品だ。この意味で、独立運動や人権運動の立場から東ティモールについて書いた作品は、やや勝利の雰囲気に酔ったものが多い。

そのような文脈で、ダマレードのDivided Loyaltiesは、1999年に行われた東ティモール独立かインドネシア領内の自治かを決める住民投票の後、様々な理由からティモール島内のインドネシア領に移住することを決めた「負け組」に焦点を当てている。そしてダマレードは、インドネシアへの忠誠を貫いた「西ティモールの東ティモール人」たちに対してどちらかと言えば同情的なスタンスで書いている。

この作品の意図を理解するには、ダマレードの経歴をみてみる必要がある。彼はティモールの隣に位置するロティ島の出身で、後に西ティモールと東ティモールの国境地帯で勤務するインドネシア政府職員となっている。その際の彼の職務は、移住してきた東ティモール人たちのキャンプに関わるものだったと言う。彼のインドネシア語、ポルトガル語、テトゥン語の能力は、リサーチを始める前の訓練によるところがあり、Divided Loyaltiesはある程度までホームエスノロジー(内部の人間による民俗誌)と呼べる。

第一章、第二章では、方法論やリサーチの背景を説明した後、既に出版されている歴史書などに基づいて東ティモールから西ティモールへの移住者たちの歴史を再構築している。ダマレードの方法論は、古典的な文化人類学のものとは大きく異なっている。マリノフスキー以後のフィールドワークは、ひとつの場所に長期間滞在し、ひとつの社会についての詳細な記述を重視している。ダマレードは、自らの方法論を「人を追っていく」ものと言っている。そもそも、彼の研究対象が東ティモールから追放された人々だということもあり、彼らの居住地は歴史的には浅い。そのため、場所よりも、人を重視するというのは妥当だと言える。結果的に、ひとつひとつの場所の滞在時間は比較的短くなり、多数の場所でのインタビューが行われている。

2章では歴史背景を叙述している。この章は主に既に出版されている作品に基づいて、ティモール島内における国境を超えた移住の歴史を再構築している。そこでは、2つの領土に分かれているこの島では、19世紀末以降、政変や政策変更のたびにかなり大規模で自主的な移住が行われてきたことが示されている。

この作品の中心部分となるのが、3章における「西ティモールにおける東ティモール人」に貼られた様々な社会的レッテルの議論、4章から6章における彼らの東ティモールとインドネシアの間での帰属意識の議論、7章における現在のインドネシアにおける彼らの市民権の議論である。

「西ティモールの東ティモール人」に貼られたレッテルには、「難民」、「旧難民」、「新市民」に加えて、「元民兵」などがある。ダマレードはこれら全てに一長一短があることを指摘している。まず、彼らは1976年から「インドネシア国民」だったので正確には難民でも新市民でもなく、西ティモールの東ティモール人自身の認識とも異なっている。そして、レッテルが政策などに利用されることにより、さまざまな意図せぬ結果をもたらすことを指摘している。レッテルによる実害が出た例としては、「難民」はすぐに出身地に帰還する可能性があるため、銀行が資金の貸付を拒否したなどが指摘されている。

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