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【こんな映画でした】1004.[異邦人]

2023年 8月 4日 (金曜)  [異邦人](1968年 LO STRANIERO THE STRANGER イタリア/フランス/アルジェリア 104分)

 ルキノ・ヴィスコンティ監督作品。マルチェロ・マストロヤンニ主演、相手役女優はアンナ・カリーナ。カミュの原作小説を読んでないので、以下は映画を観た限りの印象・感想となる。

 「ストレンジャー」など、今の時代・日本社会ならいくらでも居り、そう極端に迫害されることもまずない。しかし、ヨーロッパ社会というキリスト教を社会の基盤とするところでは、そうはいかない。彼らストレンジャーは、社会の秩序を乱し、ついにその社会を根底から破壊してしまうのではないかとの、恐怖心を人々に持たせるもののようなのだ。

 何と言うこともないフランソワの生き方を、そこまで糾弾し、社会から抹殺しなければすまないようにまで思わせるのは、一体、何故なのだろう。そこまでキリスト教による支配が貫徹しているということか。無神論者は徹底的に排除されてしまう。

 フランソワは無神論者であると、検事の前で主張している。それを検事は黙って見過ごすことはできないわけだ。だから本来の殺人事件などどうでもよく、ひたすらこの無神論者であるということで彼を死刑に処してしまおうとする。もちろん時代背景として、植民地アルジェリアにおけるアラブ人の人命が軽視されていたということがある。

 ラストシーンは、独房での司祭との会話である。断っていたにもかかわらず、司祭が押しかけてくる。無理矢理独房に入ってきて、フランソワに神を説くのだ。時間の無駄をしたくないといって、つまり自分の残された時間を奪うなと、彼は激怒するのだが、司祭は意に介さない。

 神を背景に持つ人間は強い。他人の思いなどを忖度することはない。ひたすら教条主義的に神を説き、神にふれ伏すように強要していく。この厚かましさ・傲慢さには、映画を観ている私にも非常に不愉快であった。

 カミュ、あるいはヴィスコンティ監督は、この強制してくる神というものを否定したかったのかもしれない。現実に存在しないと分かっている「神」を信じるなど論外だということだ。

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