とまる_かわる_つづく_つづく

とまる、かわる、つづく、つづく

駅の改札を抜ける。階段を降りて、右へ。駐輪場のフェンスに沿って大通りまで出たら、一本奥の脇道に入る。コンクリートブロックと、昔ながらの生垣に挟まれた静かな路地を通り過ぎると、幹線道路を横切る大きな横断歩道に出会う。去年まではここで時々、待ち合わせをしてた。
信号が青に変わる。鳥の鳴き声が響きだす。みんなの歩みに流されて前に進むと、左手にセブンが見えた。今まで、あのセブンでいくら使ったんだろ。
三年間通い続けた道は、足がリズムを覚えてる。ここに信号、あそこに本屋、どこまで行ったら猛犬注意。途中で友だちに会うと、少しだけテンポが変わる。いつも同じじゃつまらないから、わたしはどんどん変えていた。
駅からはこのルートが一番早いから、だいたいみんな道筋が一緒。時間帯さえ合わせれば誰にだって会えた。周りからはあんまり同意されなかったけど、授業はダルいと思っても、通学そのものはキライじゃなかった。
「代わり映え、しないなぁ」
だけど、今日はひとり。

青地に白い人型の標識が見えたら、道の向かい側に渡っておく。あの標識、ゼッタイ誘拐犯にしか見えないよね! って会話はきっと何十回もしてる。こないだ、車校で正しい名前を初めて知った。歩行者専用。……見たら分かるじゃん。
渡った先のスーパーには全然見覚えがない。特売を知らせるのぼり旗がビル風にはためいて、強く、パタパタと音を立てた。もう少しだけ早くできてたらよかったのに、惜しい。ガラス越しに見えるおばちゃんたちは、カゴいっぱいの荷物をエコバッグに詰め込みながら、世間話にいそがしそう。
たった半年通っていないだけで、道のりが少しよそよそしい。卒業したばかりの先輩が「もうここに私たちの居場所はないね」と笑っていたのを思い出す。
懐かしいことが、寂しい。わたしが制服でなく、ちょっと気取った格好をしてることを茶化されてるみたいで悔しい。覚えてる音程を再現できないような、居心地のわるさ。
今日は毎日背中にあった、ギターも背負っていないんだ。

腰まであった髪はバッサリ、切った。旅立ちの日にを歌った次の日、いつもの美容室で。本当にいいの? と心配そうに一言聞かれたけど、「いいんです」って答えた。
鏡ごしにきらきら光るハサミが、肩の下あたりから一気に髪を切り落とす。わたしのものじゃなくなった黒い髪が、ひと房、ふた房、床に滑り落ちていく。
長かったね。はい。ずっと伸ばしてたもんね。ですね。短いの、小学生以来かな? うん、たぶん、三年生くらいからです。そうだよね、切るのはあっという間なのにね。あはは、ほんとですね。
卒業したから切ろう! なんて決心したわけじゃない。なんとなく、気が向いただけで。
その日がすごく空が青くて、雲が白くて、春の風が少しだけ強くて、電話をかけたらすんなりと予約できちゃっただけで。

文化祭をひやかすならいつものメンバーで、なんて誰が言い出したんだろ。後輩の演奏を聴くつもりだったから行くのは決めてたけど、こうやって歩いてくると、学校に近づくにつれてテンションが上がる。どんだけ楽しみにしてたの? って笑われるかも。
広い校庭が見えてくる。誰もいないまっさらな地面が秋晴れの日射しを照り返す。走っても走ってもゴールにたどり着けなかった、マラソン大会を思い出してしまう。石灰と土ぼこりの混ざったにおい。
グラウンドを横目に坂道を登りきれば、正門はもうすぐ。にぎやかな声と展示やイベントを知らせる校内放送がちょっとずつ聞こえてくる。待ち合わせはベタに、一番立派だった桜の木の下。まだシルエットしか見えないけど、遠目でも分かるあの動きはたぶん……。

「あー! やっときた!」え? わたしが最後?
「最後だよー」うそー、ごめんってー。
「ってゆーか、髪がない!」ないんじゃなくて、切ったの!
ああ、懐かしいリズム。

「じゃ、行きますかー」
「どうする、先に第二に顔出す?」
「ねー、女バレのたこ焼き食べたい」
「講堂のが早いみたいだよ」
毎日の放課後に休みの日に、繰り返したジャムセッションのようで。

「代わり映え、しないなぁ」
だから、ひとりじゃない。


とまる、かわる、つづく、つづく 終
再掲元:pixiv 2010/10/24

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黄蝉スオウ@のんびり小説noter
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