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【短編小説】えたーなる

「エントランスです」
 最近このパターンが多いなと軽く痛む頭を押さえて、辺りを見渡す。無機質なマンションのような場所だ。機械音で「エントランス」と聞こえたから、ここが入り口だろうか。
 背後には両開きの自動ドア、ガラスで出てきているはずなのに、奥の景色が全く見えない。鏡のように私の姿が反射して見えている。今日も綺麗ね。
「時音は・・・・・・」
 同行者の姿を探すも、空振りに終わる。彼女がいれば出口も簡単にわかったのに。
 私の名前は高坂白音。何の特殊能力もない、普通の大学生。
 対して私のルームメイトである時音は不思議な能力を持っていて、「正しいことが見てわかる」そうだ。例えば、迷路の出口とか、なぞなぞの答えとか。彼女の右目は能力の副作用か、深い紫色をしていて、夜空の星々に例えられる宝石の色のようで、私は好きだ。本人は、そんなこともないらしいけど。
 そんな時音に、私白音は恋をしている。
はい、ここまでの説明、終わり。
 
「さて」
 時音の右目の副作用その2か、彼女といると不思議な出来事に巻き込まれがちだ。とはいえ、彼女には最初から答えがわかっているおかげで、ふたりでいればすぐに解決することができるので、あまり心配はしていない。厄介なのは、こうして彼女とはぐれてしまった時。
 持ち物を確認。スマホに財布、小さなポシェットとミネラルウォーター500ml(飲みかけ)。心許ない。スマホはわかりやすく圏外で、助けを呼ぶことはできそうにない。
「あ、でもアプリは動く」
 落ち着くために少し遊んで、バッテリーの残量に気づく。まだ十分に充電されているけど、無駄に消費していいものじゃない。
 とりあえず水があるのはありがたい。できればお菓子なんかも入っていたら、更にありがたかったけど。
「とりあえず探索するか」
 ずっとここで突っ立っていても埒があかない。時音がいなくても、解決の糸口を探すことくらいはできるだろう。・
 辺りを見渡すと、正面にはカウンター、人の姿は見当たらない。左右には長い長い廊下が続いていて、特に上に昇るエレベーターや階段はなさそうだ。ホテルのようなふかふかの絨毯が敷かれた廊下の先は暗闇で隠されており、奥まで見通すことができない。
 とりあえず進もう、と右の方の廊下を歩いて行くと、いくつも部屋があることがわかる。不思議なことに、片方の面にしか部屋はないようで、反対側は一面窓になっている。窓から覗く景色は、一回のはずなのに高層ビルの上から覗いたように、地面が遠く、人や車が豆粒のように見えた。まあ、そもそも見えているのが人なのかもわからないけど。
 窓からの脱出は難しそうだ。私が高所恐怖症だったら、この時点で動けなくなっていただろう。
 部屋の方の壁には小さなランプがそれぞれ灯っていて、オレンジ色の明るい光を辺りに振りまいている。心許ないその光は周りを微かに照らすことで精一杯で、廊下の薄暗さは光源がこれしかないためらしい。
 このまま奥まで廊下をさまよってもいいけど、部屋も気になる。少し前に見たアニメのことを思い出す。永遠の悪魔と血みどろデスマッチ。
 私にはトリガーがないので、永遠の空間に閉じ込められたら一発アウトだな、と部屋のドアに手をかけて、ノブを回す。意外なほど簡単にノブが回り、ガチャリと音を立ててドアが開いた。

「おや、メリー」
 入り口のそばにドアがもう一つ。バスルームだろうか。その奥にシングルベッドが二つと壁掛けのテレビが一台。ベットの上には時音が腰掛けているけど、これは偽物。目の色がどちらも黒だ。その奥に一人がけのソファと机が置かれている。棚に備え付けられた扉は冷蔵庫だろうか。
「無視かい?傷つくな」
「本物はそんなにキザじゃないわ」
 あはは、と時音の声で笑って「そうかい」と悪びれる様子もなく、偽時音はベットの上手足をぶらつかせる。チェックのフレアースカートがつられてゆらゆらと揺れた。
「困っているんだろう?」
「そんなに」
「可愛くないね」
「あなたよりは」
 視界の端に偽時音を捉えながら、使えそうなものがないか部屋を探る。冷蔵庫の中にはウェルカムドリンクだろうか、妙齢の女性がプリントされたミネラルウォーターとプリンが入っている。
「捜し物はこれかい?」
 偽時音の声につられて振り返ると、彼女の手には鍵束が一つ。丸いリングにいくつかの鍵が通されている。今時、珍しいタイプだ。
「・・・・・・どうだろう」
 別に鍵を欲しているタイミングはなかったけど。これから必要になるかもしれない。彼女を殴り倒してでも奪うべきかしら。
「そんなに殺気立たないでくれよ」
 相変わらずキザな口調で彼女はそう言って、指でくるくる回していた鍵束をこちらに投げよこしてくる。ひゅんと弧を描きながら鍵束は私の手元に収まって、鉄の冷たさが手にしみた。
「いらないからあげるわ」
「今の、ちょっと時音っぽかったわ」
 偽時音に少しだけ親近感を憶えながら、部屋を後にする。某仮面のモンスターのように鍵を持っているから追いかけてくる、なんてこともなく、背中越しに「バイバイ」と声が聞こえた。

 廊下に出たからといって何かが変わっていることもなく、鍵束のリングを指でくるくる回しながら目についたドアを開けていく。
 誰かがいたり、いなかったり、明るかったり、暗かったり。広さもまちまちで、スイートのような広さの部屋もあれば、カプセルホテルのような狭さの部屋もあって、そろそろ歩き疲れてきた。害をなしてくるものもいないし(時々偽時音はいた)、次の部屋辺りで、ベッドで休んでもいいかもしれない。眠ればいい解決策が見つかるかもしれないし。
 次はどこにしようか、とぶらぶら廊下を歩いていると、見慣れたエントランスに到着する。

「エントランスです」
 再び、機械音。どうやら廊下は丸く一周していたようで、最初の場所に戻ってきてしまったらしい。
「本当に永遠の悪魔ってやつ?」
 チェーンソーさえ手元にあれば。いや、どこかの部屋にあるかもしれない、まだ諦めるには早い。
「んなわけないでしょ」
 入り口と思われる自動ドアの先に、紫色の光。この空間で見たどのランプよりもはっきりと、小さいながらも輝いている。
「あ、本物の時音」
 焦ることなくとことこ歩いて、自動ドアのボタンに触れる。微かな機械音の後、両開きのドアが開いて、見慣れた時音の姿がそこにあった。ちゃんと右目も深い紫色だ。
「おかえり」
「ただいま」
 自然に右手を差し出してくるので、左手でその手を握って、横並びで歩く。今日の時音は積極的だ。
「また、どこかに迷い込まれても困るからね」
「やっぱり、心を読めるんじゃない?」
 私の質問にはにやりと笑うだけで答えずに、夕闇の沈む街を家に向かって歩いて行く。
「楽しかった?」
「時音がたくさんいたわ」
「それで?」
「それだけ」
 鞄の中には偽時音からもらった鍵束が詰め込まれている。鉄の冷たさ、と思ったけど、質感からして銅かもしれない。まあ、金属の種類なんてどうでもいいのだけど。
 世の中には「マヨイガ」というものがあって、そこからモノを持ち帰ると幸せになれるらしい。この鍵もそういうものだったらいいな、と思いながら、帰路を急いだ。時音には言わなくてもバレてしまうかもしれないけど、この鍵は私だけの秘密。
 秋の夕暮れは短い。もうすぐ冬がやってくるな、と沈む夕日を眺めながら、いつまでこうしていられるだろうと、少しだけセンチメンタルな気持ちになった。

 彼女に隠しているものが、また一つ増えた。それはきっと、幸せなことだ。



ごめん。PDF作るの、めんどくさくなっちゃった。

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如月伊澄
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