寅さんの「最高のふられ方」を見るべし、「男はつらいよ 寅次郎恋歌」
「男はつらいよ」シリーズには毎回のお約束というかお作法がありまして。
そこが見どころになってるわけです。
それこそ「水戸黄門」における印籠みたいなもので。
主人公の寅さんが妹さくらや叔父叔母のいる団子屋の敷居のくぐり方。
団子屋に隣接する印刷工場の通称「たこ社長」が団子屋に入ってくる時の間の外し方。
おいちゃんやたこ社長と寅さんの喧嘩のし方。
毎回、このお約束を楽しみにしてるわけです。
そして何よりも寅さんのふられ方。
寅さんシリーズには毎回必ず寅さんが恋に落ちるマドンナ役がいまして。
これもお約束で恋は成就しないわけです。
そのふられ方も見所なわけです。
そういえば渥美清もう1つの代表作「拝啓天皇陛下様」でも見事なふられ方を見せてましたが。
第8作「男はつらいよ 寅次郎恋歌」は特にそのふられ方が印象的でして。
マドンナは池内淳子演じる喫茶店のママ貴子。離婚したばかりで女手一つで一人息子を育ててまして。
ただでさえ生活が厳しいのに、喫茶店の保証金の取り扱いについてオーナーと争い、金策に困ってるわけです。
相手のタチの悪さを知った寅さんが貴子の貸家の庭先に現れ、リンドウの花を渡して、「役に立てることがあれば何でもする」と助っ人役を名乗り出ます。
リンドウの花には伏線がありまして。冒頭、妹さくらの夫博の父(志村喬!)に、リンドウの花が庭いっぱいに咲いている農家で食事をしている家庭の温かさ(「本当の人間の生活」)を説明されて、寅次郎はすっかり感化されていたんですね。何せフーテンの寅が「そろそろ結婚しなくては」と考えるわけですから。寅次郎にとってリンドウの花は暖かい家庭の象徴なわけです。
つまり寅次郎がリンドウの花を渡す(そして寛の父と同じ話「本当の人間の生活」をするわけですが)ということは、貴子に同じような温かい家庭を築きたいと伝えたわけです。求婚したわけです。
ところが貴子は「(寅次郎と同じように)旅をしてみたいわ。寅さんもまた旅をするの?」と反応するんです。
その時の寅次郎の背中。この背中があまりにも全てを語っていて。
寅さんシリーズではいろんな寅次郎のふられ方が描かれるんですが、個人的にはこの後ろ姿がベストです。
この「寅次郎恋歌」は、寛の母の葬儀にふらりと訪れた寅次郎の傍若無人ぶり(今見ると本当にひどい)や、森川信演じるおいちゃんとの喧嘩っぷり、ラストで描かれる妹さくらとの別れ方まで含めて寅さんシリーズではトップクラスではないかと。
ハイライトとも言える寅さんのふられ方は、渥美清さんの表情や声色の微妙な変化を捉えていないと、ふられたと気付かない人がいるかも。その繊細な演出が、最高のふられ方を生み出してます。