研ナオコはどこにいる? 音で見る「Perfect Days」
音に敏感にならざるを得ない映画だった、とまず白状しておきましょう。
ヴィム・ヴェンダース監督、役所広司主演の映画「Perfect Days」。
PrimeVideoで観ました。
何せトイレ清掃者の日常生活を描いているから物語は地味。規則的な行動の繰り返しを追いかける内容は、ミニマルテクノを思わせるくらいでして。
■カセットテープ所有はアジア圏滞在期間が長いのか
まずは音楽。BGMは、役所広司演じるトイレ清掃者が移動中の車中で流す1960〜1970年代のポップスだけなんです。いきなりアニマルズの「朝日のあたる家」が流れた時はびっくりですよ。
この曲は全米No.1になった曲だからまだしも、それなりにマニアックなベルベットアンダーグラウンドの、中でも地味なサードアルバムから「Pale Blue Eyes」が流れた時は、この選曲自体が何かのメッセージかと勘繰ったりもして。
主人公はこれらの曲を全てカセットテープで所有してるんです。57歳の筆者も貧乏なポップスオタクでしたが、カセットテープでアルバムを買うことはなかった。身近にもそんな人は見たことがありません。「団塊の世代前後で、海外滞在期間の長い人か」と、勝手に想像してしまいました。タイやフィリピンなどアジア圏では特に、これらのポップスがカセットテープで流通していたので。
パティ・スミスのサードアルバムを持っているから、団塊の世代よりちょっと後か。しかし、金延幸子がカセットテープで出てたのか?などとどうでもいい疑問を抱いたりして。
■「朝日のあたる家」をカバーしたニーナ・シモンで締めくくる
圧巻は石川さゆり演じる居酒屋の女将が歌う「朝日のあたる家」。ちょっと調べたら石川さゆりは、この映画以前に浅川マキの訳詞バージョン「朝日楼」を録音してるんですね。音楽ファンはこの場面を見るだけで元を取れます。
映画のラストに流れるのは、この「朝日のあたる家」をアニマルズ以前にカバーしたニーナ・シモンの「Feeling Good」で締め括られるわけですが。アニマルズはニーナ・シモンバージョンに触発されて「朝日のあたる家」をカバーしたとも言われているので、ここでも選曲になんらかの意図を感じたりするわけですが。
音楽だけでなく、コンビニのサンドイッチを食べる公園で木々の梢が揺れる音、出がけに鍵を取る音、髭を切る音、盆栽(?)にスプレーで水をかける音、トイレの便器を磨く音。いろんな音が非常に克明に聞こえる気がしまして。
極端な言い方をすると音を聞いているうちに終わった、とそんな印象さえ持ったくらいで。
■一人暮らししやすい東京
もう一つ、「東京って一人暮らししやすい町だよな」と再認識しまして。自動販売機で朝一番に缶コーヒーを買え、広い銭湯で湯に浸かり、コンビニのふんわりしたサンドイッチを木漏れ日の中で食べられ、駅入り口の露店居酒屋で酎ハイを煽り、美人女将の居酒屋で「朝日のあたる家」を聴きながら酒を飲めるんですよ。もちろん現代アート並みの公衆トイレはピッカピカだし、コインランドリーはあちこちにあるし。いずれも自転車で移動できる範囲にある。映画だからではなく現実に。「なんかあっても一人暮らしすりゃいいか。結構悪くないかも」と思ったおやぢも多いはず。
余談ですが、公式ウェブサイトを見たら、石川さゆり演じる女将の居酒屋でくだを巻いていた常連の一人はあがた森魚だったんですね。モロ師岡は分かったんですが。カメラ店の主人は柴田元幸だったらしく。
いろんな意味で細部が気になる映画でした。