官能私小説(雪色の美少女)(1)
は じ め に
ここに執筆するのは、今までの創作内容と一線を画しています。そうかといって、「暴露本」や「告白本」のような体験本とも違います。
くわえて、想像力や過去の官能作品からのイメージをなぞって書いていた内容とも、まったく別物ということです。個人的には、創作内容は他者に伝達したいメッセージがあり、何かしらの形で織り込むことだと思っています。
今回やろうとしているのは、記憶の断片をトレースして、まとめ上げていく作業のような内容です。そのため、途中で走り書きのような形でとん挫する可能性もありますし、無事に何かしらの形としてまとまったからといって、メッセージ性があるかどうかは、読者に委ねる形になります。
その点をご了承いただいた上で、ご覧くだされば幸いです。
雪 色 の 少 女(1)
凍てつく寒さが肌に突き刺さるような日の夜。わたしはビジネスホテルの10階にある部屋へ到着すると、ほっと息をついた。腕時計を見ると十一時半だった。食事は会社で済ませていたため、作業服を脱いで、ユニットバスへ入る。
深夜のホテルは物音ひとつしなかった。駅前で交通の便がいいと評判が高く、いつも満室状態と聞いている。それなのに、人の気配がまったくしない静寂さはなんでだろう、とシャワーを浴びながら不意に思った。
ユニットバスを出てバスローブ姿で髪の毛を乾かし終えると、日付がもうすぐ変わる時刻に近づいていた。明日も雪は降りやんでくれないのだろう。そんなことを考えながら、エアコンの温度を調整して、加湿器のスイッチを押した。
十二時に秒針がまわったとき、ドアがノックされた。正確に言えば、ノックはとても控え目な音でよく聞き取れないくらいだった。わたしはベッドの枕に顔を埋めていたため、よけい聞き取りにくく、気のせいかと思い直したくらいである。
(この時間に訪問者はないだろう……)
不思議と恐怖感はなかった。会社からの呼び出しは夜中でもあったし、非常時で人手不足ならば、部屋に乗り込んでくることも、たまに発生する。
しかし、いきなりドアをノックするケースは当てはまらない。
無視しているとノックの音は波が引いたように止んだ。しばらくすると、ふたたび同じ音が部屋の空気を震わせて鼓膜に届く。聞き間違いではないらしい。ベッド近くに置かれている照明を明るくすると、十二時十分になっていた。
トレーナーに着替えていたわたしは、首を振ってドア口に向かう。ここのところホテルと会社の往復の日々を送っている。幻聴が聞こえてもおかしくはなかろう。そう思いながら、ドアノブを回す。
チェーンをかけないで、ドアを全開にしたのは初めてだった。ドアの向こうには少女の姿があった。一瞬、未成年ではないかと見まがうほど、あどけないというのが第一印象だ。
「一〇五五室の○○さんですね?」
「え、ええ……」
少女は馴れた口調で尋ねてくる。わたしは呆然としたまま立っていると、彼女は小首を少し傾けて微笑んできた。とても可愛らしい笑顔に映った。
(どっかで見たような……って、そうじゃないだろ!?)
息をする時間も惜しい日々を過ごしているのだ。彼女にかまっている暇などない。
「名前は合っていますけど、間違いかと思います」
グレーのトレーナー姿に三流の顔の組み合わせにはもったいないほどの美少女だ。クリクリとした目は大きく、きらきらと瞳は輝いている。
「Xさんのご用命で伺いました。朝比奈舞と言います」
Xと聞いてわたしは「はあ……」とため息のような返事をした。
Xとはわたしの上司の名前である。フルネームで呼んでいるからには深い仲なのだろう。彼はとても優秀で優しい性格だが、女性にはさらに紳士的な男である。つまるところ、少女はコールガールである、とわたしの脳味噌は結論を下した。
(このクソ忙しい時に、女の子の家から出勤する人だからな……)
彼にとっては雪深い僻地であろうが、拘束時間が長かろうが、女の子がいれば問題ないのかもしれない。
ただ、自分を巻き込むのだけはやめてくれ、と強く思った。
「ごめんなさいね。わたしはXを存じていますので、明日、説明しておきますから。お疲れさま。気をつけて帰ってね」
タクシー代の一万円をサッと渡そうとするが、彼女は受け取ろうとしない。それどころか、妙に馴れ馴れしい態度で話しかけてくる。
「お金は貰っているの。だから、とりあえず部屋に入れてくれない? ここってビジネスホテルでしょ。ドア口で言い合っているのは問題にならなくて?」
「それは……」
終わりの見えない会話を続けていれば、クレームがくるかもしれない。そう思って、隣の部屋へ顔を向けたとき、彼女はサッとドアの隙間からなかへ入ってしまった。
思わず大声を出しそうになったが、夜中という時刻を思い出す。苦虫を噛み潰したような表情で、仕方なく部屋のドアを閉める。