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夢は世界トップクラスの蓄電池をつくること!子どもの頃の”好き”からつながる未来を切り拓く森さんをキリトル

皆さんは東海村の「J-PARC(ジェイパーク)」がどんな施設か知っていますか?

大強度陽子加速器施設J-PARC(Japan Proton Accelerator Research Complex)とは、「宇宙や地球、人類がどうやって生まれたのか、物質中の目に見えない部分はどうなっているのか」といったことを解明するために、陽子や中性子などのとても小さな粒子を加速器でつくって実験を行っている、東海村が世界に誇る最高峰・最先端の研究施設です!!

私たち東海村スマホクリエイターズLabは、J-PARCがどんな研究をしているのか迫るべく、3つの研究施設のうちの1つ「物質・生命科学実験施設(MLF)」で中性子を使った研究をしている高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の森一広(もり・かずひろ)博士にお話を伺ってきました。


Q&Aインタビュー

Q.森さんはここで何を研究しているのですか?

A.「SPICA(スピカ)」という中性子を使って測定する装置で物質中の原子の並びを調べるのが主な研究です。対象は電池材料で、スマホにも使われているリチウムイオン電池の寿命を長く、高い電圧を取る、といった性能を上げることを原子レベルの世界でのぞき込んで調べています。そしてこの研究結果を企業などにフィードバックして蓄電池の開発に役立ててもらっています。

でも実は、リチウムイオン電池は以前から性能に限界が見えているので、それを超える革新型蓄電池(ポストリチウムイオン電池)も研究しています。例えば現在実用化されている電気自動車の蓄電池は1回の充電で200 ~ 400 km走行できるようになりましたが、まだ十分な走行距離とは言えません。これを2030年には500km走行させるという目標設定でプロジェクトを進めています。距離にして東京・大阪間ですね。

Q.  そういった蓄電池のプロジェクトがあるのですね。

A.はい。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術開発機構NEDO(持続可能な社会の実現に必要な研究開発の推進を通じて、イノベーションを創出する国立研究開発法人)のプロジェクトの1つに、車に搭載するための革新型蓄電池の研究があります。私たちの研究はこのプロジェクトの元で行っており、現在3期目、年数にすると16年目になります。

Q. ということは、森さんは15年前から東海村でNEDOプロジェクトを進めているのですか。

A.MLF内の我々が使用している建屋やSPICAは、1期目に設計から約3年かけて完成させたのですが、当時は勤務先の大阪から毎週通っていました。最初は全く何にもないところから建屋やSPICAの絵を寝ずに描きましたね。人の動きやシチュエーション、完成したその先10年20年後も考えて設計しました。SPICAを作った時は楽しかったです。自分たちが設計した装置ができあがっていくのを見る経験は、なかなかないですからね。デザインからやるのは初めてでしたが、若い時に装置を作る機会があったからこそできたのだと思います。東海村に定住したのは実は3年前からです。

MLF第1実験ホールから見えるBL09「SPICA」のビーム上流部

Q. 若い時にも装置を作ったのですか。それは中性子や蓄電池の研究を始めてからですか?

A.いいえ、私の地元は静岡県の伊豆で、地元の高専から千葉大学に編入したのですが、中性子とは全く関係のない学科でした。その後、筑波大学大学院の研究室に入ったのですが、その研究室はどちらかというと中性子の研究がメインだったんです。実はそれまで中性子のことをほとんど知らなくて、入った時に「中性子って何ですか?」みたいな……カルチャーショックでした(笑)。

つくばではちょうどその頃中性子を研究する装置を作り始めたところでした。このような装置を作るところを見る機会はほとんどないということもあり、その過程を見ているのは本当に楽しかったです。けれど大学院の修士課程は2年間なのであっという間でした。修士課程修了までに装置はまだ完成しておらず、私はもう少しそれを見ていたい、もっと自分で中性子について研究してみたい、という思いが募りました。そこで同じつくばにある高エネルギー加速器研究機構の総合研究大学院大学の博士課程に進学して、最終的には博士号を取得しました。

資料をモニターに表示させながら丁寧にインタビューに答えてくれた森さん

Q.中性子に出会ったのは大学院の時だったのですね。てっきり子どもの頃から粒子などのミクロの世界に興味があってこの分野の研究者になったのかと思っていました。

A.子どもの頃は勉強がそんなに好きではなかったんですよ。ガリガリ勉強した記憶もなくて(笑)。読書家だったわけでもないですが、謎解きのような小説は図書館で結構借りていました。

あとは、私が育った伊豆は自然が豊かでのんびりした場所なので、学校から帰るとすぐに外に遊びに行って、夏はクワガタやカブトムシなどの昆虫を採ったりして。昆虫を見つけたときは「何でコイツはここに居るの?」といった興味はありましたね。

それと、父親の影響でものを作るのも大好きだったので、夏の自由研究は工作が多かったですね。プラモデルなどもたくさん作りました。

Q.子どもの頃に経験したものづくりの楽しさが今につながっているということでしょうか。

A.そういうことになりますね。今の子どもたちにも、勉強だけでなく何かに関心を持ったらどんどんその方向に進んでいって欲しいと思います。例えば星を見るのが楽しいと思ったらのめりこんでたくさん星を見るとか、虫が好きだったら捕まえて色々調べてみるとか、興味があったら臆せずにつき進んで欲しい。その経験がいずれ何かに生きてくると思うんですよね。

私自身、自分が作った装置で成果が出ているというのは、本当に研究者冥利に尽きると思っています。そういった意味では今が一番楽しい。仕事ではありますが、研究は好奇心が原動力。さすがに徹夜はきつくなってきましたが(笑)。

自動試料交換機に実験用の試料をセットしている様子

Q.仕事が好きで楽しいとはいえ息抜きも必要だと思いますが、リフレッシュの方法は?

A.家族で温泉に行きます。旅館で食事を楽しみながらお風呂にゆっくり入るのが好きですね。生まれ故郷の伊豆では温泉街に住んでいて、近所には旅館がたくさんあったんです。ですから伊豆での暮らしは仕事においてもプライベートにおいても、今の私の原点になりますね。

東海村も自然が豊かで近くに温泉もありますし、食べ物もおいしいですから、私はとても恵まれた環境に暮らしていると思います。

Q.夏場は装置を使った実験は停止すると聞いていますが、その間は何をしているのですか?

A.測定したデータの解析をしています。そして研究の成果は論文にし、国内だけでなく世界や企業に向けて公開します。実は今まさに論文を書いていて、論文発表をする場の審査機関からの依頼で実験室では追加実験の最中です(笑)。同じ分野の専門家からの鋭い指摘を受けるので本当に大変な作業ですが、大きな使命感を持ってやっています。

Q.研究の成果を発表することで、私たちの生活がより豊かになることにつながるのですね。未来の話も聞きたいです。森さんの夢は何ですか?

A.今、蓄電池の研究をしているので、やはり世界トップクラスの蓄電池を自分で作ってみたいですね。ものづくりが原点ですから、世界最先端の中性子の装置を使って通常では見えないものを見たときに、「ここをなんとかすれば蓄電池はもっといい特性になる」ということがわかってくるんです。そのヒントを人にあげるぐらいなら自分でやろうかな、と(笑)。

蓄電池のパーツでもいいから世界一の特性が出せるものを作りたいです。とにかく、いいものを作りたいという思いが一番のモチベーションです。

BL09「SPICA」建屋内で森さんとスマホクリエイターズLab.メンバーで記念撮影

取材を通して

物理や化学の研究者といえば、白衣を着て眼鏡をかけ、難しい顔をして研究しているイメージがありますが、森さんは全く違いました。ここJ-PARCでは作業着にヘルメットが一般的で、森さんはクレーンを使って装置の中の試料を取り換えることもあるため、クレーン操縦もできるそうです。とても逞しい方でした。

特に印象的だったのは、森さんが装置を案内してくれた時のことです。少年のように目を輝かせて、装置をわかりやすく丁寧に説明してくれました。本当にこの仕事が好きで、今でも好奇心と誇りを持って仕事をしていることが伝わってきました。

また、森さんはインタビューの中で「研究で貢献したい」と話していました。自身の研究だけでなく、茨城大学大学院で講義をするなど、若い研究者の育成にも力を入れている姿が印象的でした。

今回、森さんに取材をさせていただきましたが、J-PARCでは蓄電池以外にも宇宙の成り立ちや病気の治療薬の創製など、多くの研究が日夜行われています。ここ東海村には科学の発展と豊かな未来へつながる研究に心を砕いている人たちがいることを、たくさんの人に知ってもらいたいと思いました。

取材先データ
J-PARCセンター
住所:茨城県那珂郡東海村白方2番地4
URL:https://j-parc.jp/c/

森一広博士の研究 最新プレスリリース
原子配列の乱れをもつフッ化物イオン導電性固体電解質のイオン伝導メカニズムの解明
-リチウムイオン電池を凌駕する次世代蓄電池の創成を目指して-
URL:https://j-parc.jp/c/press-release/2024/09/06001392.html

▼取材・執筆・撮影担当者

塩田ひとみ/インタビュー・執筆
茨城県東海村出身、在住。
2022年夏に社会人生活のほぼすべてを過ごしていた東京から東海村にUターン。
昔から変わらない東海村の奥深い魅力を再発見しつつ、今の東海村の魅力や関わっている人のパワーを感じたい、という思いで「T-project/スマホクリエイターズLab.」に参加。東海村といえば「原子力」、だけではなく農業はもちろんのこと、移住や観光などにも可能性があるのでは、と日々妄想中。

田中克朋/インタビュー
秋田県鳥海山の麓に生まれ、就職を機に茨城県へ。東海村には50年近く在住。会社員時代にタイ王国へ出張も含めて通算8年ほど駐在し、現在も現地の人たちと交流をしている。趣味は写真をベースにインスタグラム等のSNSで村内の風景を発信すること。「T-project/東海村スマホクリエイターズLab.」では若い世代に教わりながら楽しんでいます。

石田 直之/撮影
茨城県鉾田市出身。村外出身ならではの「ソト目線」でムラの魅力を再発見し、広報誌やYouTubeでその魅力を発信しています。
胸に付けている「初心者マーク」は、ゼロスタートでムラの魅力を知っていくことを意味しており、読者の皆さんも私と一緒に東海村をどんどん好きになっていただけるよう日々頑張ります。


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