世界の中心で初潮を叫んでいた頃
小学3年生の時、すでに生理を迎えた子が出現し始め、
「今日生理なんだよねー」とか
「私も始まったー」
と言う声を耳にするようになっていた。
それを聞くたびにうらやましくて、
私もそっち側の人間に早くなりたいと
羨望のまなざしでその子らをみていた。
女の子だけの授業の時にもらったナプキンを
何もない日にあてて過ごしてみたりした。
学校で学習したことと自宅での実践を重ね、
いつ生理が始まってもいいように初潮に備えていた。
はやくナプキンをつける日がこないかなぁと思ったり、
ナプキン入れはどれにしようかなぁなんて考えたり、
「今日生理だから体育休もうかなぁ」なんて
誰もいないところで言ってみたり。
「今日は生理の日かぁ、ナプキン持って行かなきゃ。」
学校ではみんなに気づかれないようにこっそりポーチを取り出して・・・
なんて想像したりもした。
とにかくはやく初潮を迎えたい願望が強かった。
「今日生理なんだよねー」
「え、〇〇ちゃんまだ生理始まってないのー?」なんて
初潮マウントでもとって、私はすでに大人の体になっているんですよ、
とでもいわんばかりの態度で小学校生活を送るのが理想だった。
しかしながら、用意周到に備えてあった大量のナプキンとショーツは小学校生活で使われることはなく、新品のままタンスに保管されていた。
中学校に入ると、そんなことを考える余裕はなくなり
刺激に満ちた生活を送っていた。
生徒が小学校の時と比べると4倍もいて、
大量の人間に毎日圧倒されていた。
部活動もはじめたこともあり、
のんきに小学生みたいな日々を送ることはできず、
「生理がこない」なんて悩みはほとんど消えていた。
そんな中、中学2年生になった頃、
忘れかけていた願望がいよいよ叶う時がやってきたのだ。
朝、目が覚めると下半身の感覚がいつもと違うことにすぐに気が付いた。
最初は「おしっこもらしたか?」とも思ったが、
それにしては量が少ない感覚があった。
何を隠そう、小学校低学年まで私はおねしょをしていたため、朝起きた時に感じる不快感はまだ鮮明に覚えていた。
なので、その違いにすぐに気が付いた。
下半身に変な感覚を感じたまま、トイレでパンツをおろすと、パンツの半分がどす黒く変色していた。
思考が一瞬停止した。
なんでそのような思考になったかわからないが、
パンツにゲロを吐いたか?とも思わせるほどの汚染ぶりだった。
速やかに母親へ報告し、中学生にもなって私は
母親にパンツをかえてもらった。
どす黒く汚染されたパンツを嫌な顔ひとつせず、母親は交換してくれた。
そして、あの時、用意周到に準備されていたナプキンとショーツをいよいよ使う時がきたのだ。
しかしながら、小学生の頃に培った
自己学習と実践は生かされることはなかった。
毎回パンツを汚し、そのたびに手洗いし、
朝起きたときにはシーツまで汚すということを毎月繰り返していたのだ。
そして生理中だけでなく生理前ともなると、猛獣並みの食欲がわき、寝ても寝ても襲ってくる眠気とタイヤを引きずっているような身体のだるさといった攻撃を否応なく受けていた。
こんなことを毎月味わうことになるのかと思うと、先が思いやられた。
あの頃、「早く生理がこないかなぁ」なんて強く願っていた日々はもう思い出されることはない。
なんなら、もう来なくていいです。
月1回は多すぎです、
せめて2か月に1回にしてください。
そんな叶わぬ願望へと、いつしか変わっていった。
そんな中でも、うっとおしい存在と化した生理ちゃんに
唯一楽しみを見出すことができたのは大人になってからだ。
生理3日目、4日目となると、ブルーベリージャムのような塊がぬるっと出てくるのだが、その瞬間が唯一の楽しみでもあり、快感なのだ。
私はその塊がブルーベリージャムを連想させて仕方ないのだが、人によってはレバーと例える人もいるらしい。
どちらにせよ、食べ物を連想させるようだ。
専門的な視点から説明すると、それは不要になった子宮内膜でその排出量が多すぎるとあまりよろしくないとされている。
年を重ねた今、どのタイミングでその塊が出てくるのか
感知できるほど熟練レベルになっている。
トイレに座った時にその瞬間がやってくると
「くるぞ、くるぞ、でるぞ、でるぞ」
とワクワクしながら、ぬるっと出てきたブルーベリージャムを愛おしい眼差しで眺めたりもしている。
今月もきれいな子宮さんに生まれ変わったのですね、
あぁなんてすばらしい現象なんでしょう。
今月も立派なブルーベリージャムさんにお目にかかれてとても光栄です、
感謝です、
なんて思ってみたりもする。
さてさて、今月は今日が予定日か。
さっさときて、さっさと終わってほしいと思った矢先、
簡単に願いが叶ってしまった。
憂鬱な1週間の始まりです。