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【短編小説】Jack-o’-Lanternは夢を見る
「おいおい、なんつーざまなんだこれは。片目に少し罅(ひび)入っているじゃなぇか」
ジャックは三角にくりぬかれた目の部分に亀裂が入っていることに気づき、しょんぼりと顔を下げた。
「笑えるな!お前さん、年々見た目がひどくなってねぇか?」
スクリームのお面が、奇妙な口を広げてケタケタと笑う。
「うるせぇ!あのじいさんがいけねぇんだ!あんな震える手で俺の目ん玉かたどりやがって」
ジャックはスクリームの笑い声が気持ち悪く、その顔めがけて怒鳴りつける。
「おいおい。じいさんのこと悪く言ってんじゃねぇぞジャック」
すると、テーブルの中央に飾られたパウンドがその様子を諫める。
だが、その怒りの矛先はスクリームからパウンドへと方向転換した。
「なにを!お前だって気色悪い蛍光色になってるじゃねぇか!」
パウンドはなにをと思ったが、そんな子供じみた喧嘩に向きになるのはよくないと、着火しそうになった感情の導火線に息を吹きかけ、鎮火させた。
「俺は……この青色気に入ってるぜ?子供たちだって喜んでくれるしよ。それにせっかくばあさんが飾り付けてくれたんだ。嫌いになれるわけないだろ」
パウンドは滴り落ちる青く着色されたホワイトチョコレートを見せびらかす。
そしてこれをみよといわんばかりに、きらきらとした金と銀のチョコビーズをジャックに見せつける。
ジャックはそれを見ても驚くことはなく、「ダサ」と一言吐き捨てるだけであった。
「そうだそうだ!」
4兄弟のジンジャーが声をそろえて、ジャックを非難する。
「うるせぇジンジャーども!黙らないと、その腕おるぞ!」
ジャックの大声はジンジャー兄弟を委縮させ、その口にチャックをつけさせた。
パウンドはその様子を見て、まったくとため息をついた。
「まぁまぁ、落ち着けよジャック。じいさんだって悪気があってやってるわけじゃねぇんだ。それによ、毎年毎年、こうやって丁寧にやってくれてんだ。愛を感じなよ、愛を」
ゆっくりとした口調でジャックをなだめる。
その様子にジャックは口を曲げながらも、自らの怒りを少しづつ抑えていった。
「愛っていわれてもなぁ……」
ジャックは暖炉のそばで揺りかごのように椅子を揺らし、ノイズの混じるラジオを聴いているじいさんとばあさんに目を向けた。
焚き木がパチンパチンと火の粉を飛ばし、それは花火のようにふわりと空気へと溶けていく。
あの椅子はもうずいぶんと昔から愛用しているものだ。
それゆえ今の体の大きさには合っておらず、じいさんとばあさんにとってはずいぶんと余白の多い椅子になってしまっていた。
どちらも以前はあの椅子の淵からでも姿が見えていたのに、今ではそんな恰幅の面影などなく、皮と骨だけになったか細い腕だけが、ギーゴギーゴと椅子が揺れるたびにちらちらと見えるだけであった。
「もうじいさんとばあさんだっていい歳じゃねぇか。もう農家なんてやってられない身体なんだから、ハロウィン(収穫祭)なんてやる必要もないのに、律儀に時間をかけて準備してくれてるんだぜ?な?楽しまなきゃ損じゃねぇか」
スクリームは先ほどのケタケタとした笑いを辞め、ふいにジャックに正論をぶつける、
ジャックは確かになと頷く。
今考えてみれば、じいさんとばあさんはわざわざハロウィンなんて律儀に祝わなくてもいいのだ。
もう農家なんて何年も前に辞めているわけだし、今は収穫するものなんて何もない。
ハロウィンが国の伝統行事であるというだけで、そんなのは雰囲気を味わうだけでよいのであって、こんなにも大そうに物をそろえなくたっていいはずなのだ。
以前までは子供たちがハロウィンに遊びに来て、よくお菓子をねだっていたものだが、この十数年間はめっきり誰も来なくなった。
それでも誰かが来るのを期待するように、その分だけのお菓子を毎回手作りしている。
カボチャの目鼻をかたどるのも年々時間がかかっており、綺麗ではなくなってしまったけれども、震える手でノミとカナヅチを一生懸命に使い、その半分も見えていない目をこすりながら「今年もよろしくな」と何度も何度も皮を撫でてくれたことをジャックは思い出した。
その思い出がとても温かいものであったことをジャックは改めて感じ、じいさんばあさんに「ありがとう」と思い、子供たちが来ない分自分たちが楽しむかと意気込んだ。
「仕方ねぇな。まだこれから仲間も増えるんだろうし、期待して不格好な奴らを待ってやるか」
ジャックは笑った。大きなギザギザとした口を開けて。
「賛成!賛成!」
ジンジャーがしきりに口をそろえる。
ハロウィンまであと数日。
テーブルの上の夜会は、温かくも怪しくハロウィンを待ち侘びていた。
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ジャック:パンプキン
スクリーム:スクリームのお面
パウンド:パウンドケーキ
ジンジャー:ジンジャークッキー
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