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【短編小説】アザミの棘

教室に花が咲いた。
最初はほんの小さな、吹けば飛んでしまいそうな紫色の花だった。

花瓶に差してある花が落ちたのだろう。
誰もがそう思い、気にも止めることはなかった。

次の日、花は2本に増えた。
それに気づいたのは、毎朝1番に登校する図書委員の間宮さんであった。
彼女はその花を見るなり、その紫色の棘のような鋭い花弁に惹かれ始め、図書室の備品置き場にある紙コップを持ってきて、それに水を入れると、その紫色の花に水をあげた。

間宮さんがその花を調べると、どうやらそれは「アザミ」のようであった。

水を飲むたびに花がゆらりと揺れて、それが嬉しそうな表情にも見えた間宮さんは、花の周りに溜まった埃を綺麗に掃除した。
その甲斐もあって、花はすくすくと育っていき、次の日には4本の花が咲いていた。

とうとうクラスの大半の人がそれに気づき始め、なんだなんだと集り始める。
踏んづけじゃだめ、傷つけじゃだめ、近づかないで。
間宮さんはその花に集るクラスメイトを凝視した。

人が集れば埃が溜まる。
彼女は花が可哀想だと、無理矢理人を花の周りから突き放し、埃を取って水をあげた。

「おいおい、何やってんだよ間宮ー。相変わらず芋虫見てぇな暗さだな!」
間宮さんが振り向くと、そこには海谷が立っていた。
色を抜いた金髪に、銀のピアス。
彼女はその威圧に怯えるも、花を守らなきゃという使命感に震える足に力を込めた。だが、海谷の力は強く、彼女は簡単に床へ転がされた。

「ははーん、これか。お前らの言ってた花ってのは!」
海谷はぶちりとその花の茎を折り曲げ引っこ抜く。
間宮さんは唖然としたが、あんなにも綺麗な紫色の花びらがだんだんと茶色く萎れていくのをみて、「花が死んだ」と彼女は呟いた。

こいつは花を殺した。私の友達を殺した。
その瞬間、間宮さんは思い切り海谷に突っ込み、あろうことか3階の窓ガラスを突き破って外へと飛び出した。

ぐしゃりと肉を叩きつける鈍い音が響き渡る。
一瞬の出来事に、ピアノ線のような静寂がクラスを支配する。
8時45分になると、いつものように学校のチャイムが鳴り、いつものように担任の倉敷がガラリと教室の扉を開けた。

「おはよう。君たち」
静寂の中、倉敷は優しく投げかける。
が、その言葉に誰も反応しない。

1秒2秒という沈黙が続く中、誰かが陽気にピアノ線に鋏を入れた。
「間宮さんと海谷くんが死にました―――」
花がゆらりと揺れた気がした。

2-3組はもとから問題児ばかりが集められていた。
イジメに不登校、窃盗、恐喝、薬、援交、売春。
見た目は朗らかなどこにでもある高校生の教室風景であるが、その裏ではおぞましい欲望たちが渦巻いていた。

それらの問題を一挙に押し付けられたのが倉敷であった。
出なければ、こんな問題児ばかりがこのクラスに集まるわけがない。
実際、倉敷自身も教師の中で疎まれる存在であった。
日本一と言われる国立大を出ながら、なぜか田舎の私立進学校に就職したものだから、周りからは忌避な目で見られていた。
問題児ばかりのクラスをあてがわれたのも、そこで起きた問題を全て倉敷へ押し付けるための嫌がらせであった。

倉敷はそれを承知したうえで、クラスを受け持っている。
実際、倉敷はすでに教師も生徒も誰一人信用などしてはいなかった。
昔ドラマでよく見た、不良生徒を改心させる熱血教師なんてものは、倉敷の中には存在しない。
倉敷は、自分の人生を背負ってまで、生徒たちを庇うつもりも親身になるつもりもありはしなかった。

淡々と授業をしていくが、裏で生徒が何をやっているかは調べがついていた。
何も話さない間宮は、ネットの掲示板で学校のめちゃくちゃな悪口を書いている。
自分が話せず、あろうことかそれが原因でイジメられている責任を「担任の倉敷が悪い」などと書き込む始末。
おかげで倉敷の個人情報はばらまかれ、嫌がらせの電話やら手紙やらが家に届くのだ。
海谷といえば、ここの理事長の息子であり、何をやっても見逃されている。
金も権力も欲しいままにし、今では薬を生徒に売りつけるという商売まで始めた。

そんな2人が窓ガラスを突き破って、死んだ。
倉敷の口から思わず笑みがこぼれそうになった。

次の日、花は8本咲いていた。
早朝、水野と染谷がトラックに撥ねられ、死んだ。
そしてまた次の日は、北川が体育館の照明の下敷きになった。

花が咲くたびに、誰かが死んでいく。
花は、次第に何本も何本も増えていく。
そしてクラス中に紫色の花の絨毯が現れた時、そこには倉敷ただ一人しかいなかった。

「ははは、してやったよ。どうだい生徒諸君、教師諸君。せいせいしただろう?目には目を、歯には歯をさ!」

倉敷は生徒名簿を教室に出来た花畑へと叩きつける。
そして笑いながら、窓の外へと飛び立っていった。

おわり。

『アザミ』
アザミ(薊)はキク科アザミ属の多年草で、葉は深い切れ込みがあり棘があります。頭状花序は管状花のみからなり、5cmほどの淡い紅色や紅紫色の花を咲かせます。
花言葉:報復

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静 霧一/小説
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