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今日も私は飴を噛む。
ガリ、ガリガリ。
飴を噛む瞬間、私はいつも奥歯を噛みしめる。
粉々となった飴は口の中で散乱し、シャリシャリとした触感へと変わり、そして跡形もなく溶けていった。
もう一粒、私は飴を口へと放り込む。
先ほどと同じく、私は奥歯で飴を噛み砕き、欠片を飲んだ。
「飴は舐めるものだよ」
そんな言葉をよく言い聞かされた。
私だって飴は舐めるものだということぐらい知っている。
最初の一粒は自分でも舐めることを意識して口へと放り込むが、結局その舐めるということが耐えられず、すぐさま噛み砕いてしまう。
喉飴でさえ同じことをしてしまう始末であり、非常に自分自身でも困った癖である。
飴を噛むということになんらいいことはない。
なにせ、飴を噛むには相当な力がいる。
噛み砕けたと思えば、圧力によってその大半は奥部へと張り付いてしまう。
完全に取りきるのに時間がかかるし、残れば虫歯のリスクにもつながる。
そうはわかっていながらも、私は飴を噛み砕くことを止めなかった。
私はせっかちなのだろうか。
飴を舐めれば、それがなくなるまでに時間を要するが、噛み砕けば一瞬でなくなる。
飴の美味しさが変わらないのであれば、私はすぐに無くなってしまうほうを無意識に選んでいるのだろう。
確かに、昔から待つことは大の苦手だ。
行列に並ぶことが出来なければ、カップラーメンも硬いまま食べてしまう。
たかが1分、たかが10分。
大した時間でもないはずなのに、私はその空虚なる時間が嫌で嫌でたまらないのだ。
最近はコミュニケーションも発達し、SNSは私たちに「返信」という意識を植え付けた。
脳へと寄生した「返信」という芽は、私たちの感情を煽り、たった一つの通知への一喜一憂を養分に生き永らえている。
そんなものが無い時でさえ待ち時間を待てない私にとっては、それは劇薬物のように作用し、頭の中が混乱に満ちてしまう。
返信を待っている最中、気づけば私は飴を奥歯を噛んでいた。
バリバリバリと、飴らしからぬ音を立ててなくなり、そしてまた感情を抑えつけるかのように、飴を一粒口の中へと放り込んだ。
◆
私が「時間」を意識し始めたのは、祖母の死がきっかけだ。
祖母の家は、私の実家から自転車で20分の所にあり、祖母が神戸に行っていない間、私は一週間に一度掃除をしにその家に通っていた。
私がちょうど大学3年生の頃に祖母は神戸から帰ってきた。
高齢であったために、日常生活に心配が常に付きまとう。
出来る限りのサポートをしようと、私は祖母の家から一番近いコンビニで深夜アルバイトをし、アルバイト上がりの早朝に必ず祖母の家に立ち寄るようにしていた。
そんな祖母がある時から身体の調子が悪いといい始めた。
精密検査をしたところ末期がんであることが判明し、緊急入院を余儀なくされた。
宣告されたのは余命3か月。
最初は一般病棟で過ごしていたが、残り2か月というところで緩和ケア病棟に移された。
そして残り1か月を数えた頃のことである。
私はいつものように、祖母の看病に向かった。
その日の病室はいつもとは違う匂いがしたが、私はそれを気にすることなくいつものように会話をした。
「また、来週くるね」
私は祖母にその一言を残し、夕日の反射する病室を立ち去った。
その日の深夜2時40分、祖母は静かに息を引き取った。
私は始発で病院に向かった。
病院についたころにはすでに何も話さなくなった祖母がベッドで眠っていた。
私は散々に泣いた。
私は来週も会えるなんて淡い期待を持ってしまっていた。
「ありがとう」という感謝を言いそびれたまま、永遠に会うことが出来なくなってしまった。
「人間、いつ死ぬかわからない」という言葉を、この時強烈に意識してしまった。
◆
私はこの日から、出来る限り自分の思ったことは些細なことでも言葉にしようと心がけるようにしている。
感謝と謝罪は出来る限り早く、そして出来る限りの誠意を込める。
かなり大げさにも取られることもあるし、お節介にも見られることもあるが、私はそれを全て知ったうえで行っている。
「もし、私が玄関を出た先で死んでしまったなら」
いつもそんなことを意識してしまっているせいか、たまに気が滅入ってしまうこともある。
待つことがこれほど嫌いなのも、私がいつ死んでしまうかわからないという裏返りの感情なのだろう。
私は今日も飴を噛む。
この愛すべき癖に、私は今日も一喜一憂するだろう。
一粒、そしてもう一粒と、感情が上下するたびに噛み砕いていくのだなと思うと、少しだけ自分に笑えてしまう。
せっかちな私をどうか嫌わないでくれ。
その分、私は死ぬ直前まできっと誰かを想えるのだから。
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