【短編①】言葉は脆く、されど踊る。
「宮地くん。この失敗、どう責任取るのかね」
私は震える手を必死に爪を立てて食い込ませながら、止まれと念じる。
四方を無機質な壁に覆われた会議室に逃げ場などない。
加藤部長は子狐の心臓を狙う鷹のような眼光で、私を睨んだ。
私は、長年お取引をさせて頂いていた大口の顧客の信用を失い、その取引を失った。
それは私が受け持つ売上の約60%を占めていた為に、私にとってもそうだが、営業2部の売上にも大きな影響を及ぼす数字であった。
私は精一杯、顧客に対して、身を粉にして誠心誠意対応を行っていた。
なのに、一体なぜ自社の悪評がこんなにも顧客の間で囁かれるようになったのか。
それもこれも、この元凶は向かい合った席の左側に余裕ぶって座っている水木係長のせいではないか。
どうもこうもこれは私の失敗ではない。
私はあの野郎と心の中で憤慨をしたが、今更それをこの場でぶちまけたところで、何も変わらないことは知っている。
社会人のマナーとしていやというほど洗脳された「自責」という言葉が、私の口をひん曲げ、思ってもいないことを紡ぎ出していく。
「だいたいね、宮地くん。君はここで何年仕事してるわけ?新人じゃあるまいし」
「大変……申し訳ございませんでした」
私は失うもののない頭を垂れた。
「謝罪じゃ売上は上がらないんだよ宮地くん。わかるかね?」
私は無言のまま、床に視線を合わせ俯く。
「土下座のほうが誠意が伝わるんじゃないの?」
床を見つめる私に、罵倒の言葉を浴びせる者がいた。
水木係長だ。
私は「狂った野郎だ」と心の中で罵った。
「まぁまぁ。今の時代、土下座を強要すると、労基がすっ飛んできますよ」
河野課長が口角を嫌に上げ、へへへと笑いながら私を睨みつける。
「そんなことはどうでもいい。それよりもどうするのかね?」
加藤部長の言葉が重い。
胃にその言葉がずっしりとのしかかり、今にもその反動で嘔吐しそうなほどだ。
「新規営業を……県内全てのお客様をとにかく回ります。売上を作ります」
私にはその言葉を言うことしか出来なかった。
なんて不甲斐ないのだろうか。
私はもう一度深く頭を垂れる。
河野課長と水木係長は、なにやらぼそぼそと加藤部長に耳打ちをし、それをうんうんと頷く声が私の耳にも聞こえた。
そして、それらの話が終わると、加藤部長は私に「頭を上げなさい」と言った。
「宮地くん。君の誠意とその意志に免じて、その頑張りに期待しよう。期間は3か月だ。それを過ぎたら……分かっているな?」
私は頭の裏を鈍器で強く殴られるほどの鈍痛を体で感じる。
「はい。頑張ります」
私からはこれ以上の言葉を出すことは出来なかった。
1時間弱の監禁と拷問が終わると、私はトイレへと駆け込んだ。
便意や尿意を我慢していたわけではない。
個室のドアを開け、便器の蓋を開けると、私が今朝食べたものが食道を通ってすべて逆流し、盛大に便器の中へとぶちまけた。
ぜーぜーと言いながらも、とりあえずは吐けるものはすべて吐いたと、トイレットペーパーで口元を拭った。
ある程度息が整ってきたところで、トイレの洗面器へと向かう。
ひねり出した水で、バシャバシャと顔を洗い、ハンカチでごしごしと水気を取った。
そうして鏡で自分の顔を見ると、目の下にクマのあるやつれた顔が映り、ああなんて様なんだと心の中で呟いた。
社員証には、まだ自分が入社したての時に撮影した顔写真がプリントされている。
その顔は肌ツヤもよく、目は希望に満ち溢れ、何よりも生き生きとしたオーラまで伝わってくるような映りであった。
そんな顔写真を見るたびに、「ふざけるな、くそ野郎」と社員証を叩きつけたくなる思いが込み上げてくる。
そんな時、ピコンとスマホの通知音が鳴った。
それはSNSのフォローしている人の更新通知であった。
私はその通知をスライドして、SNSの更新記事を開く。
「ようやく結婚式を挙げられました!」
そんなタイトルとともに、青空の下で白いドレスを着た女性が映っていた。
「美佳……」
私はそう呟き、そっとスマホの画面を閉じた。
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