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【短編⑨】言葉は脆く、されど踊る

「で、どうだった?人の心を読んだ感想は」
「もう本当に、最悪だね。本当に碌でもない力だよ」

「その割にはずいぶんすっきりした顔してるわね」
「元々だよ」

「嘘。全部見えてるよ」
「おー、怖い怖い」

 純喫茶のテーブルで他愛もない会話が続く。
 アイスコーヒーは氷が溶ける間もなく消化され、すぐさま2杯目をおかわりした。
 時刻がちょうど14時を指し、壁掛け時計がボーンボーンと古めかしい音を鳴らしている。

「この力、返すよ」
 私は両手を彼女の前に差し出した。
 彼女はその人形のような透き通るつぶらな目をキョトンとさせている。

「いいの?結構便利だよ、この力」
「いいんだ。世界には知らない方が幸せなこともあるんだよ」

「ふーん。大人の世界って大変なんだね」
「大変だよ。本当あっほみたいなことばっかりだ」

 私は溜息をついた。

「じゃ、望み通り返してもらうね」
「あぁ」

 そういうと、彼女はそっと私の手に振れた。

「目、閉じて」

 言われるがままに目を閉じる。
 彼女の触れた指先から、体のなにかがスッと抜き取られていく感覚がする。
 肩が少しづつ軽くなっていくような気がした。

 これでいいんだ。
 人の心なんて、知らない方がいい。
 矛盾があるからこそ、人は人なんじゃないか。

「終わったよ」
「ありがとう。君には感謝してる」

「大したことしてないわよ」
「そんなことないさ。俺がこうやって踏み出せたのも君のおかげだよ」

「ははん。そうやって私を口説き落とす気だね?」
「そんなわけないだろ」

 私は嘘をついた。
 これでこそ人間なのかもしれない。

「じゃ、またどこかで会えたら会いましょう。その時はきっと運命を感じるわ」
「俺は運命って言葉、意外と信じてるよ」

「ふふ。女の子みたいね」
「そんな可愛げなんてどこにもないさ」

 私は薄まったアイスコーヒーを飲み切った。
 彼女はテーブルを立ち、扉へと向かう。
 扉の取っ手を持ったところで、私は彼女を呼びとめた。

「ねぇ、最後に聞きたいことあるんだけど」
「なに?」
「君の名前を教えて」

 数秒の沈黙が続いた。
 そして彼女はゆっくりと口を開けた。

「藍泉 透よ。覚えといて損はないわ」
 そうして彼女はにっこりと笑った。

 眩しいほどに、私は彼女に惹かれた。

 ~fin~

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静 霧一/小説
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