【短編③】言葉は脆く、されど踊る。


 その夜、私は夢を見た。

 浜辺にぽつんと一人、体育座りをしながら、地平線の朝日を眺めている。
 日の出の朝日は、夜の鬱屈とした暗さを取り払い、その白く輝く太陽は私に歓喜の感動を与えてくれた。

 この浜辺を私は知っている。
 いつの日か、美佳と訪れた由比ガ浜の浜辺だ。
 ふと、頬に冷たい感触が走る。

「缶コーヒー飲む?」

 そういって青い缶コーヒーが目の前に差し出された。
 私は顔を見上げた。
 そこには満面な笑顔を浮かべた美佳がいた。

「あぁ……ありがと」
 美佳が私の横に腰掛ける。

「疲れてるね。どうしたの?」
「いや、どうもないよ。心配かけさせてごめんな」

「また嘘ついてー。誠、嘘つくとき必ず唇が震えるんだもん。知ってる?」
「知らないよ。というかそれ本当なの?」

「本当よ。バレてないって思ってた?」
「うん」

「相変わらず素直なんだね。そういうとこ嫌いじゃないよ」
「ありがとう」

 そして、2人は缶コーヒーの蓋を開ける。
 美佳との沈黙を繋ぐかのように、私は缶コーヒーをちびちび飲んだ。

「ねぇ」
「ん?」

「私、結婚したの」
「知ってる」

「悲しくないの?」
「悲しくないさ」

「うそ」
「うそじゃないさ。それが必然だったって思ってる」

「そんな寂しいこと言わないでよ」

 そしてまた2人に沈黙が訪れた。
 缶コーヒーの中身はもうほとんど残っておらず、最後の一滴だけがまだ意固地に缶の底に溜まっている。

 きっと、これを飲み干してしまえば夢は消えてなくなる。
 私はそう直感した。

「あなたとの時間、幸せだったわ。少しだけ、短かった気もするけどね」
「あぁ。自分もそう思うよ。すごく幸せだった」

「それならさ、もうこれは思い出なのよ。本当に最後の最後の」
「そうだな。これで最後なんだな」

 そういって私は缶コーヒーの中身を飲み干した。

「もう私のことは忘れていいんだよ。誠は誠の人生を歩まなきゃ」

 自分の人生という言葉に私は喉が詰まった。

 どうしようもなく、何かに縋りたくて、何かに助けられたくて、何かに慰められたくて、でもそれを弱さだと思って必死に隠し通して、誰かのために生きなきゃと本気で頑張ってきた自分がついに膝をついて、倒れこむ姿が目に浮かんだ。

 私は弱かった。
 あまりにも脆く、儚いほどに。

「美佳……俺はまだお前のこと」

 そう言いかけた言葉は、虚空へと消える。
 まるで煙のように、美佳の姿は私の隣からいなくなっていた。

 ふと、海面に照らされた朝日が斜光となって眩く光る。
 それは私の目を眩ましたかと思うと、光が世界を包み込み、私を現実へ引き戻すように夢から引っ張り上げたのだった。

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静 霧一/小説
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