【どうぶつほらばなし】ねこだまりの猫(『ねこにまつわる10のはなし』より)
ねこだまりの猫
ひげが根本からもぎとられそうな氷風の吹いた日、どん詰まりにある空き家の壁と塀とに挟まれた隙間に、どこからか猫が集まりいつもより大きな「ねこだまり」ができた。
暖を取ろうと身を押し付け合い隙間の形にびっしり埋まる、互いの境も見えないさまは、長方形に広がった、毛皮のプールのようだった。
どれだけの時間まどろんでいただろう。
差し込む細い月明かりが醸す薄い温度にねこだまりの猫は目を覚ます。
不思議と寒さは感じない。それどころか体の奥から熱が、力が溢れだし、じっとしているのがもどかしい。
猫はたったのひと蹴りで、向かいの屋根へと飛び乗った。
振り向き見えるは月明かりに照らされた巨大な己が影。
ねこだまりの猫は二十匹分の熱を二十匹分の毛皮で包んだ、いっぴきのまだらのけものになっていた。
「われらこの世に只ひとり。夜の王となる気分はどうだ」
たてがみの奥でだれかがささやく。
「こたえられぬとはこのことだ。かわりにひとつ、吠えてやろう」
体の隅々から湧き上がる歓喜の声に体を揺らし、獣は月に雄叫びを上げた。犬も人も縮み上がる、まさに王者の声だった。
夜の王となった獣はその姿を他の猫たちに誇ろうと、街中を風となって飛び回った。
だがまだらの巨獣となったかれを仲間と認めるものはなく、ただの猫たちは皆一様に息を潜めて物陰に隠れ、ふるえながら化物が去るの待った。
街で一番高い煙突の上、誰もいない世界を獣は見下ろした。
唯一彼を認めた月も西の空に落ち、消え去ろうとしていた。
「我らこの世に只ひとり。夜の王である気分はどうだ」
ひげの根元で誰かがつぶやく。
答えるかわりに誰かが泣いた。涙は体の継ぎ目に染み込んで広がり、やがて獣はほろほろとくずれた。
二十匹の猫に戻った獣は、音もなく地上に落ちていった。
どれだけの時間夢を見ていたのだろう。
腹をなでる北風に二十匹の猫は目を覚まし、自分たちがばらばらに空き地で横たわっていた事を知る。
立ち上がった猫たちは口々にくしゃみをし、暖を取るべく、いつものどん詰まりの空き家へと戻っていった。
※私家版きりえ画文集『ねこにまつわる10のはなし』(2015・完売)第5話に加筆。