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【どうぶつほらばなし】鼠小僧の猫(『ねこにまつわる10のはなし』より)


鼠小僧の猫


貧乏長屋の次郎吉の部屋に居ついた猫のタマ。 忍び込んだとき鉢合わせ、追い立てられるかと思いきや、めしを出されて3年になる。

この次郎吉という男、鳶の仕事もそこそこに夜毎賭場へと繰り出せば、帰りはいつも午前様。すばしっこさしかとりえのない、まあろくでもない男だったが、タマをバクチの神とでも勘違いしたのか、毎日のお供え物だけはなぜか欠かしたことがない。
ダメ男ではあるものの、抜けたところが多いぶん細かいことにもこだわらぬ、どこか憎めぬ次郎吉をタマはけっこう気に入っていた。

そんなタマにも近ごろ一つ、不満に思うことがある。床下にあるひいきの甕に、日に日に小判が溜まるのだ。

タマは小判が気に入らぬ。何せ小判ときたら、光は目ざわり音耳ざわり、いいとこなんぞありゃしない。好んで集める次郎吉が正気であるとは思えなかった。だから小判は捨てるに決めた。

毎夜とっぷりと陽が暮れて、次郎吉が賭場へと消えたあと、タマは小判を咥え床下から抜け出し、近所の長屋の軒先に二三枚ずつ落として回った。
何度か繰り返すうちかさも減り、せいせいしたと思うタマ。ところがある日を境に、次の朝には捨てた以上の小判が甕から湧くようになる。
これは何も知らない次郎吉が義賊の噂に気を良くし、さらに精出し盗んだためだが、何も知らないタマはただ、小判の山に鼻をしかめた。



調子に乗った報いが来たか、ある日長屋に男がずらり。どこかで尻尾を掴まれて、鼠小僧の次郎吉もついにお縄とあいなった。
証拠の小判はいずこかと捕り方の男たちは部屋中をひっくり返し、ないと分かればこんどは床板をひっぺがす。そうしてようやく姿を表した、半分土に埋もれたそれらしき甕。
一同色めき立ち、次郎吉のほうはもはやこれまでと頭を垂れた。

勝ち誇った面を次郎吉に投げ、男のひとりが暗い甕の中を覗き込む。
ところが甕の中身は空。いや、よく見ると底に1匹干からびた鼠の骸だけが転がっている。
「なんだこいつは……」つまみあげようとした男の面めがけ、猛然と飛びかかったのは白い影。散歩帰りのタマである。

〈それは私の宝物、けっして渡してなるものか〉
鼠の次に始まった猫の大捕物。激しく爪を立てられたひとりがタマに向かい十手を振るおうとしたそのとき、
「おいおいやめねえか猫相手にみっともねえ」
のんびりとした声が部屋中に響いた。
忽ち動きを止める男たち。声の主はこれまでだまって玄関先で高みの見物を決め込んでいた、同心姿のお侍だった。

部屋に入ったお侍。慣れた手付きでタマを抱え上げ一緒に甕を覗き込むや破顔一声。
「あっはっは。こいつあとんだ鼠違いだ。おう。そいつの縄といてやんな」

引き上げる小者らを見送り最後に残ったお侍は、去り際次郎吉の横で目を合わさぬままつぶやいた。
「じつのところはな、俺ぁおめえにまだ目ぇつけてんだよ。疑いを晴らすのはぜんぶこれからの行いだってことを忘れんじゃねえぞ。この白い嬢ちゃんを路頭に迷わすようなことしてみろ。俺がたたっ斬るから覚悟しとけ……」
どうやら次郎吉、猫に目がない同心のおかげで命拾いをしたようだ。

全ての騒ぎが去ったあと、しょんぼりしきった次郎吉は、ひっくり返った縁側でタマの頬ぺたかきながら、小さな声でこういった。
「『鼠小僧』ははなっから、おめえに捕まってたのかもな」

床下の甕からそれっきり、小判は湧いてこなかった。



※私家版きりえ画文集『ねこにまつわる10のはなし』(2015・完売)第3話に大幅に加筆。


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きりえや(高木亮)
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