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カウンセリングの目標「小さな違和感を大切にできる」

八方塞がりの苦しさ


「ちょっと喉に違和感がある。そう気づいたら早めに薬を飲む、栄養を取る、良く寝るなどの対処をする。それが風邪や病気の予防になる。」


同じことは心にも言えます。


「ちょっと胸がざわつく。気づいたら早めに相談をしてみる。相手に伝えてみる。気分転換をする。ストレス発散をする。休息を取ってみる。すみやかにこういう行動がとれると、心はしなやかな状態でいられる。」

カウンセリングでは、心の小さな違和感に気づけるようになり、適切な行動ができることを目指します。


心と体はつながっています。心の違和感は体に表れます。


胸がざわつく。

頭がぼーっとする。

胃が不快。

足が重たい。

手先が動きにくい。

・・・・


さまざまな小さな違和感があります。


しかし、これらを見ない、感じないで、無視する生活を続けていくと、だんだんと体は鈍感になっていきます。

最終的には、自分ではまったく自覚が持てない状態になってしまうこともあります。


働き盛りの人が突然大病をしてしまうように、ある日突然、心がぽきっと折れてしまうということが起こりえます。


また、子どもの頃から、保護者や養育者にこれらの違和感を無視されてきてしまった場合、心がそもそも育たず、折れた状態(折れるは、一度あったものが変形するイメージですから、そもそもそこまで育っていない状態というのが正確でしょうか。心の形成不全とでも言えましょう)で大人になっている場合があります。


無視してきた小さな違和感は、自分で気づくのは最初は難しいです。必要があって無視してきているという面もあるからです。


その違和感に気づいてしまうと困るから、気づかないようにしてきているということです。気づいたらもっと収拾のつかない事態に陥るのを回避するために、違和感をスルーする術を身につけたとも言えます。


だから、自分でそれにあえて目を向けるのは、自己破壊的な行動になってしまいます。恐ろしくてそんなことは普通できません。


しかし一方で違和感を無視し続けることでも、今や心が折れる不都合が生じているわけです。あるいは、心の形成不全で何らかの不適応が起きているわけです。だから、無視することも、自己破壊的に作用してしまっています。


八方塞がりです。前も後ろにも敵がいる。見るも地獄、見ないも地獄。といったような大変に苦しい状況があります。


そこからどうやって脱出していくことが出来るのでしょうか。


安心感、安全感を作ること


「今はその違和感を見ても感じても地獄じゃない。見ても感じても破壊的な事態には陥らない」という安心感、安全感を作ることが大切です。


安心感や安全感には、安心できる「関係性」が必要です。ただ、人との関係性によって傷ついてきているわけですから、関係性に安心感を持つこと自体が高いハードルです。


安心感をもたらそう、生み出そうとして設定された関係性に身を置いてみることを続ける。これが一つの選択肢です。これがいわゆるカウンセリング、心理療法、セラピーと呼ばれるものです。


(セラピー以前に選択肢に入れるべきこともたくさんあります。衣食住が安定して提供される環境、暴力を振るう相手がいない環境などに身を置くことなど)


理論や技法は、人が変わっても続けられるように残されてきています。フロイトから始まった精神分析は、その源流です。例えばセラピー中にセラピストが亡くなってしまっても、その理論や技法を拠り所にしている別のセラピストにかかれば、また続けていくことが出来ます。現代まで生き残っている理論や学派は、役に立つという評価をする人がいるから生き残ってきているのでしょう。生きたエビデンスがあります。


臨床心理士、公認心理師などの専門家は、そうして受け継がれてきた理論や学派ごとのコミュニティーに所属し、専門家同士のつながりを持つようにしています。


人間は、同じことを反復する傾向があります。「歴史は繰り返す」ということわざの通りです。精神分析でいうところの反復強迫です。


関係性に安心感が持てない場合、「安心感が持てない」という関係性を反復しようとします。つまり、安心させようとするカウンセリングの場が、安心感が持てない場に感じるようになります。


これはなんら不思議なことではなくて、むしろ当たり前の現象です。


「安心感をもたらそうとするカウンセラー」VS「安心感なんてないというクライエント」のぶつかり合いみたいな様相を呈してきます。



このことをよく見ていくことがカウンセラー、クライエント双方に大切です。ちゃんとぶつかり合うことに意味があります。

「ぶつかってますね私たち」という共有が必要になります。でも、クライエントさんにとっては安心感が持てないわけですから、そういうカウンセラーの言葉も、攻撃や恐怖や不安や嘲笑や蔑みや、そういったネガティブなものに感じられたりします。


ぶつかり合いは精神分析でいう抵抗です。抵抗の強さは、それだけ傷つきが大きいということだと言えます。


ただ、「安心感が持てないです」をカウンセラーと共有することが安心感につながる場合がある。ということは知っておいて損はない考えだと思います。


「やっぱり自分は放置されてしまうんだ」、「やっぱり自分は攻撃されてしまうんだ」、「やっぱり自分は存在をゆがめられてしまうんだ」


そんな「やっぱり」をカウンセラーと共有することができると抵抗が変わってきます。


言葉で行えるのが理想ですが、実際はもっとドロドロとした感じになることも多いようにも思います。

キャンセルしたくなったり遅刻したくなったり、喧嘩したくなったり、恋愛感情を抱いたり・・・。カウンセラーがかつての脅威をもたらした人物に見えてきたり。これは転移と言います。


カウンセラーも、イライラしてきたり、なんとなく放置しそうになったり、カウンセラーの心にもドロドロしたものが入ってきます。逆転移と言われる現象です。

カウンセラーが逆転移を自覚できないで行動してしまうと、カウンセラーの負けです。「クライエントさんの『安心感なんてやっぱりないじゃん』という反復になってしまいました。おしまい。」ということになります。


でも誤解を恐れずに言うと、カウンセラーが負けることもあります。万能な人間はいません。ペナントレースで全勝できるチームはありません。ソフトバンクも全勝ではない、そして横浜が日本一になったりする。勝負は水物です。


もし、カウンセラーに勝ってしまったら、また切り替えて次回カウンセラーに挑めばいいと思います。あなたの傷つきがそれだけ大きいということです。


淡々と切り替えて、次の試合の準備をしてほしいと思います。強くなる前のカープの緒方前監督のように。負け試合の日は「切り替えて明日」という談話ばかり残していました。(マニアックなネタですね)


さて、ここまでなんとかかんとかやりぬいていくと、安心感らしき感覚が芽生えてきます。ここまでが大きな一山です。


抵抗や転移や逆転移を共有できて、関係性が一定のまま変わらない、恐怖ではなく平気「かも」ということが実感をもって確認されると、少しだけ安心感が生まれてきます。心が動き出します。止まっていた時計が動き出す感じがします。


違和感に触れる

さて、抵抗や転移や逆転移とまみれることと同時並行して、カウンセリングでは「できるところから少しずつ違和感に触れてみること」もしていきます。初めは自分では気づかないためカウンセラーに指摘してもらうことが多くなります。


指摘の仕方はカウンセラーによりけりですが、カウンセラー自身がキャッチした違和感をクライエントに伝えてみる形になることはどんな技法や理論でも共通しているのだと思います。


そこでほんの少し触れてみる。その感じを味わってみる。味わえなさも味わってみる。触れてみた感想を伝えてみる。感想をシェアしてみる。こういう対話を続けます。これも、少しずつ少しずつです。時間が必要です。


安心感が育まれていて面接が順調に進んでいる場合には、自分一人でも違和感に触れられるようになってきます。

違和感に気づけるようになってきます。小さな違和感を大事にするための時間をずーっと続けてきている、その時間が力を与えてくれているのです。

(毎日ドリルや単語帳をやっていると、自然と、単語が出てくる感じ。あるいは、毎日お気に入りの歌を聞いて口ずさんでいると自然に歌えるようになってくる、カラオケが楽しくなるのと似ているかもしれません)


小さな違和感に気づけるようになれば、小さな対処行動がとりやすくなります。


小さな対処行動が何度も繰り返され、積み重なり厚みを増してくると、結果、地獄のような事態からの解放の希望が出てきます。

「もうこんなに登ってきたんだ」または、「山の頂上が見えてきたぞ」というような、山登り中の達成感に近いかもしれません。


とにかく、少しずつ繰り返しやっていきます。進み具合は人それぞれです。

人により早い遅いはありますが、自分のペースでやっていきます。


時々、少し立ち止まって、どこを目指しているのか目的、目標の確認をしたりもします。小休止して一度全体像を確認するわけです。時には心理検査を使って、これまでの変化を確認することもします。


あなたが「もう大丈夫かな」と思える時まで、続けていきます。


「早く良くならないと、ダメなのかな」、「全然よくならないけど、良くなったと思い込もう」というのは、違和感を無視したあり方です。

「良くならなかったらどうしようと考えると、頭がくらくらする」なら、そのくらくら感、違和感を共有するのがカウンセリングです。

「全然変われない自分が、ここにいない感じになってくる」なら、その、ここにいないという違和感を話していただきたいと思います。


違和感は、微妙な体の感じや、場の空気感にじわーっと、微妙な形で現れます。

これをキャッチするのは、カウンセリングの訓練を続けていてもなかなか難しいものです。


だから、カウンセラーも、自分の中の小さな違和感を大事に出来ること。を目標にします。

そのためにセラピーを受けます。スーパービジョンも必要です。

これがまた難しいです。世の中、違和感を見ないようにしないと、苦しいことも多いからです。

それでも、少しでも違和感への感度を高めるようにしていくことが大切だと考えています。


違和感への感度を高めると、様々なことにひっかかりやすくなります。

自分のこと、周りのこと、地域社会のこと、世界のこと。当たり前に流せないことも増えてきます。

それは生きづらいことでもありますが、生きづらさからの解放でもあります。


「やる」という意志


これを、どこまでやっていくのか。

「外れを引き当てる」という反復をしやすい人は、カウンセラーを何人も代えるかもしれません。それでも、何人目かのカウンセラーとその反復が共有できたら、歩みは進んでいます。


「当たりと思ったらやめてしまう」を反復しやすい人は、いいところでやめてしまうかもしれません。やめたくなる自分をカウンセラーに伝えてほしいです。長く中断しても、また会いに行けばいいのです。


ここまで見てきたように、「小さな違和感を大切にできる」という小さな目標のために、相当にたくさんのことをしていく必要があることが分かりました。


でも、「山の向こうはどうなっているのだろう。見てみたい」という願い、意志がある場合には、やはり、進んで行かれるのがよろしいかと思います。

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