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ディケンズ『ディヴィッド・コパフィールド』素人が19世紀イギリス人の人生について語りたくなるあたり、やはり世界の名作はただものではない。

マジシャンじゃないほう

 ディケンズ『ディヴィッド・コパフィールド』を読んだ。最初にこの作品を読んでみたいと思ったのはずっと前、テレビで見たマジシャンの名前と同じだったから。小説はマジックとは何の関係もないだろうとは思いつつ、いつか読んでみたいと思っていた。その後、以前読んだ漱石の『二百十日』(夏目漱石『二百十日』の圭さんに感じる悲しみについて| きらりん (note.com))にもディケンズの名前が出ていたここともあって今回頑張って読了した。そこで記念の感想文。

長大な半生記

 それにしても岩波文庫5冊分はなかなかのボリュームだった。自分の勝手な「世界名作あるある」では大体全体の3分の1ぐらい読んだころから面白くなることが多いのだが、本作に関してはもうちょっと遅く、3巻の後半か4巻ぐらいになって面白くなってきた。
 ストーリーはそれほど複雑ではなく、イングランド田舎のちょっといい家に生まれたディヴィッドが幼いころからの数々の苦難を自分の才覚と周囲の助けで乗り越えて、最終的に作家としての名声と幸せな家庭を手に入れるまでの半生を描いている。登場人物がそれぞれ個性的で、しかもいい人はいい人、嫌な奴は嫌な奴として描写されることが多いので割と感情移入しやすい。長くて、一代記で、登場人物が多彩な古典的名作という点は『源氏物語』と共通するようにも感じた。大河小説という言い方もできると思う。

19世紀にイギリスで男子として生きるということ

 さて、ストーリー。デイヴィッドは幼くして、悲惨な境遇に堕とされてしまう。そこから彼が成長して一人前になるまでの過程で、悪い意味で小説的なというか特別な、あるいは猟奇的な出来事は特に起こらない。頑固だが情に厚いおばさんをはじめとする、「よきイングランド市民」に支えられ、良質の教育を受け、相応の就職をし、やがて一人前になっていく。
 デイヴィッドが自分の人生を取り戻すために必要なのは命がけの冒険や一発逆転の大勝負に勝つことではなく、社会のルールにのっとって真面目に生きる事だったというのが面白い。おそらく、読者として想定された当時のイギリスの中流階級の人々は、社会は(自分たちにとって)より良いものになっていくと信じることができたのだろう。インチキをしなくても、紳士らしく堂々とふるまっていれば手にするべきものは手に入れられる、と。そう、もともとの生まれが悪くなく、資産のあるおばさんがいる(貧しい親戚や病気の親のいない)デイヴィッドのような若者にとっては。
 だが、もともとの生まれに恵まれていない、「しがない」男にとっては?本作の悪役であるユライア・ヒープの救われなさに自分は勧善懲悪のカタルシスを感じることは正直できなかった。
 デイヴィッドとヒープの間には主人公と悪役というのとはまったく別種の一線が引かれている。最終的に牢獄に捕らわれるヒープの転落はその線を越えようとしたこと自体への、当時の社会からの制裁であるようにも自分には思われる。
 では、生まれつきの階級に恵まれない人はどこで勝負するのか。作中では真面目に生きてきたが運に恵まれなかったディヴィッドの友人たちは物語の終盤でオーストラリアに移民して、そこで成功する。これも示唆的だ。

ドラクエ5(だっけ?)

 デイヴィッドは最初の奥さんとは死別してしまう。その後何年もたって、初恋の人アグネスと結婚する。
 このアグネスというのが、何というかよくできた女性(デイヴィッド目線で)で、多分最初からデイヴィッドのことが好きなのに、学生時代からデイヴィッドの恋を応援し、デイヴィッドに言われるままに最初の奥さんの友達にもなり、その最期を看取り、傷心のデイヴィッドが外国に何年も移り住んでいる間も静かに見守り、その間だれかと付き合うでもなく結婚するでもなく、デイヴィッドが「その気」になったときに結婚を承諾する、って、ちょっと物語とはいえ「そんな人はおらん」と言いたい。
 すごく読み応えのある小説だし、ディケンズの作品に自分ごときが意見しようとは思わないけど、アグネスの扱いというか、デイヴィッドの2人の奥さんの扱いはちょっと釈然としないなあと思ってしまう。『デイヴィッド・コパフィールド』という小説自体はハッピーエンドで間違いないのだが、デイヴィッドとアグネスの結末をハッピーエンドとすると、何も悪いことをしていない最初の奥さんが亡くなったのが良かったことになってしまうようで。自分としては、最初の奥さんのドーラも可愛らしくて好きなだけに、やりきれなさが残ってしまう。
 2人の女性のどちらと結婚するかを、男が自分の都合だけで決めている感じに、昔のRPGでそんなストーリーのものがあったな、と思いだした。そのゲームをやっていた時はどっちを選ぶかで友達と盛り上がったけど、「そんな重たい選択、無邪気にできるわけないじゃん」と思ってしまう今の自分は年を取ったということなのだろうか。







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