SS【ひとり鍋】#シロクマ文芸部
小牧幸助さんの企画「冬の夜」に参加させていただきます☆
お題「冬の夜」から始まる物語
【ひとり鍋】(800文字)
冬の夜といえば鍋。
でも、ひとり鍋というのは難しい。
主役の肉に、白菜、椎茸、ネギはもちろん、豆腐、にんじん、油揚げ、しらたきも好きなんだよな~なんて言い始めると、具材がどんどん増えていく。
そして結局、三~四人分はありそうな量になってしまうのだが、ここで友人や彼女を呼んだりはしない。
そもそも、いないし。
というわけで、僕はひとりで大きな土鍋の前に座る。
蒸気穴から勢いよく吹き出す湯気が冬の気分を盛り上げる。
しかも今日は冬至だから、カボチャまで入っている。
完璧な冬の夜ごはんである。
いただきます。
僕は両手を合わせる。
食事の時には必ず手を合わせよという亡き祖母の教えを守り、というか習慣で。
ここで数十秒、頭が空っぽになる。
どうしてかはわからない。
でも一日でいちばん穏やかな数十秒。
僕は土鍋の蓋を開け、箸を手に取る。
さて、なにから食べようか。
ふつう肉でしょ、でも今日は冬至だからカボチャ。
一口大に切ったカボチャはホクッとほどよい柔らかさだ。
鍋は出汁と酒、醤油だけで薄めに味付けている。
途中から気分でポン酢や胡麻ダレを使う。
肉はポン酢、しらたきは胡麻ダレ、とかね。
僕は男にしては食べるのが遅い。
よく噛んでたべよという亡き祖母の教えを守り、というか習慣で。
ホクッとしたカボチャはトロッとなってスルッと胃に入っていく。
続けて白菜、椎茸、肉にネギ、再びカボチャ、そしてしらたき、豆腐ににんじん……。
気づけば二人前くらいを食べ終えている。
〆の雑炊とかはなし。
まだ残ってるからね。
本日はこれにて終了。
満ち足りた僕は、座椅子の背もたれに体を預ける。
目の前には冷めつつある土鍋。
さっきまであそこにあった温もりは、いま僕の中。
温かさを守るように、僕は腹に手を当てる。
みんな、望み過ぎじゃないのかな。
そんな言葉が浮かぶ。
これ以上、欲しいものなんてない
しずかな、冬の夜。
騒めいた世界に背を向けて
僕は冬眠するクマみたいに、目を閉じる。
おわり
© 2024/12/21冬至 ikue.m